全 情 報

ID番号 04857
事件名 仮処分異議申立事件
いわゆる事件名 朝日火災海上保険事件
争点
事案概要  旧就業規則には六三歳定年制が定められており、改訂就業規則における五七歳定年制(六〇歳まで再雇用)は労働条件の不利益変更であり、合理性を有するものではないとしてその効力が否定された事例。
 六五歳定年を内容とする労使慣行が成立しているとはいえないとされた事例。
参照法条 労働基準法93条
体系項目 就業規則(民事) / 就業規則の一方的不利益変更 / 定年制
就業規則(民事) / 就業規則と慣行
裁判年月日 1990年1月26日
裁判所名 神戸地
裁判形式 判決
事件番号 平成1年 (モ) 1003 
裁判結果 一部変更
出典 労働判例562号87頁/労経速報1384号12頁
審級関係 一審/神戸地/昭61.10. 2/昭和61年(ヨ)384号
評釈論文
判決理由 〔就業規則-就業規則と慣行〕
 ところで、労使慣行が法的拘束力のある事実たる慣習として成立しているというためには、同種行為又は事実が反復継続されていること、当事者が明示的にこれによることを排除していないこと、当該慣行が企業社会一般に労働関係を規律する規範的な事実として明確に承認され、あるいは使用者及び従業員が一般に当然のこととして異議をとどめず、当該企業内で事実上の制度として確立しているものであることが必要であると解される。
 (二) (証拠略)によれば、債務者会社の従業員は、鉄道保険部(その前身を含む。)に採用されて本件合体により債務者会社従業員となったものとそれ以外の債務者会社プロパー社員とに分かれ、さらに前者は、国鉄永年退職者で鉄道保険部の従業員となったもの(以下「国鉄永退者」という。)とそれ以外のもの(以下「旧鉄保プロパー社員」という。)に分かれることが一応認められる。
 (三)(1) 債権者主張再抗弁事実(2)ハのうち、鉄道保険部出身従業員のA、B、Cが満六五才で退職したことは、当事者間に争いがない。
 (2) そして、(証拠略)によれば、右(1)の三名は、債権者と同じく旧鉄保プロパー社員であることが一応認められる。
 (四) 債権者は、旧鉄保プロパー社員についても定年を六五才とする定年制に関する労使慣行が成立した旨主張し、(証拠略)にはこれに副う部分がみられるけれども、これらは(証拠略)と対比して採用することができず、他に右主張事実を疎明するに足りる証拠はない。
〔就業規則-就業規則の一方的不利益変更-定年制〕
 新たな就業規則の作成又は変更によって、既得の権利を奪い、労働者に不利益な労働条件を課することは、原則として、許されないと解すべきであるが、労働条件の集合的処理、殊にその統一的かつ画一的な決定を建前とする就業規則の性質からいって、当該規則条項が合理的なものであるかぎり、個々の労働者において、これに同意しないことを理由として、その適用を拒否することは許されない(最高裁判所昭和四三年一二月二五日大法廷判決、民集二二巻一三号三四五九頁参照)。
 そして、右にいう当該規則条項が合理的なものであるとは、当該就業規則の作成又は変更がその必要性及び内容の両面からみて、それによって労働者が被ることになる不利益の程度を考慮しても、なお当該労使関係における当該条項の法的規範性を是認できるだけの合理性を有するものであることをいうと解される。
 特に賃金、退職金など労働者にとって重要な権利、労働条件に関し実質的な不利益を及ぼす就業規則の作成又は変更については、当該条項が、そのような不利益を労働者に法的に受忍させることを許容できるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のものである場合において、その効力を生ずるものというべきである(最高裁判所昭和六三年二月一六日第三小法廷判決参照)。
 2 債務者は、本件就業規則の定める本件五七才定年制の定めには合理性があるから、債権者がその適用を拒否しえない旨主張するので検討する。
 (一) (証拠略)によれば、債務者主張再々抗弁事実(1)イないしニが一応認められ、(証拠略)中右主張に副う部分は前掲各証拠と対比して採用することができず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
 (二) (証拠略)によれば、債務者主張再々抗弁事実(1)ホが一応認められる。
 (三) (証拠略)によれば、債務者主張再々抗弁事実へが一応認められる。
 (四) (証拠略)によれば、債務者主張再々抗弁事実(一)トが一応認められる。
 (五)(1) 前記三1、2の認定事実によれば、債権者ら旧鉄保プロパー社員の定年は、本件就業規則制定以前においては満六三才であり、債権者は、前記二1認定のとおり昭和四年八月一一日生れであるから、満六三才に達する平成四年八月の翌年度すなわち平成五年六月末日まで勤務しうることが明らかである。
 (2) そこで、昭和六一年九月以降平成五年六月まで七年一〇月の間ボーナス、ベースアップや昇給がないものと仮定して昭和六一年七月分の給与月額四五五、二四六円(当事者間に争いがない。)によってその間に得べかりし給与総額を計算すると、約四二八〇万円となる。
 (3) 次に、債権者が昭和六一年九月以降特別社員として満六〇才に達する平成元年八月まで三年間ボーナス、ベースアップなしで特別社員として勤務したと仮定してその間に得べかりし給与総額を計算すると、(証拠略)によって一応認められる特別社員の給与月額(前記四五五、二四六円の六〇%とみる)二七万円の三六ケ月分、合計九七二万円となる。
 (4) そこで、右(2)の四二八〇万円より右(3)の九七二万円を控除すると、残額は金三三〇八万円となる。
 (5) 右金三三〇八万円と前記(四)認定の代償金四二万円を対比すると、債権者が取得しうる代償金は余りにも少額にすぎるといわざるを得ず、前記認定のような本件にあらわれた諸般の事情を斟酌しても、到底代償金として相当な金額であるということはできない。
 (六) このようにみてくると、本件就業規則の定める本件五七才定年制の定めに合理性があるとの債務者主張の再々抗弁を認めるに足りる疎明がないから、右主張は失当である。