全 情 報

ID番号 04869
事件名 賃金請求事件
いわゆる事件名 文英堂事件
争点
事案概要  始業時から一五分間の時限スト終了後、組合が就労する意思を示したのに対し、会社が就労拒否を通告し、一日の賃金を支払わなかったことに対し、現実に意味のある提供があったとして、賃金請求が認容された事例。
 ストライキに対する組合の就労拒否が正当性に疑問があるとして、賃金の支払いが命ぜられた事例。
参照法条 民法536条
労働基準法24条
体系項目 賃金(民事) / 賃金請求権の発生 / 争議行為・組合活動と賃金請求権
賃金(民事) / 賃金請求権の発生 / ロックアウトと賃金請求権
裁判年月日 1990年2月16日
裁判所名 東京地
裁判形式 判決
事件番号 昭和63年 (ワ) 1541 
裁判結果 認容
出典 労働判例557号7頁
審級関係 控訴審/05726/東京高/平 2.11.29/平成2年(ネ)577号
評釈論文 小西國友・ジュリスト976号115~118頁1991年4月1日
判決理由 〔賃金-賃金請求権の発生-争議行為・組合活動と賃金請求権〕
 右事実によれば、原告らは、被告に対して九時一五分までと時間を限ってストライキを行っていたものであり、同時刻以降は就労する意思を明らかにしていたといえる。ところが、同時刻を過ぎても現実に労務を提供しなかったのであるが、被告が同日一日の労務の受領を拒否する旨を通告していた以上、右の時点で改めて就労申入れをしていなくても、右事実関係の下では就労拒否通告の撤回を求めることにより就労の意思があることが示されていたといって差し支えない。そうすると、原告らは、午前九時一五分以降就労の意思を示していたものといえ、午後一時一五分ころからは現実に就労したものであるから、請求の原因にいう労務の提供の事実が認められることになる。
 二 被告は、原告らの労務の提供は債務の本旨に従っていないと解すべきであると主張する。被告の理由とするところの骨子は、原告らが被告の認めていない就業時間中の組合外出やストライキに藉口した無断職場離脱、業務放棄を長年にわたって繰り返し、被告会社の正常な就業秩序を破壊してきたから、ストライキに託けて一日の勤務時間を変更するような場合には、その日の労務の提供は債務の本旨に従っていないというものである。しかしながら、仮に被告のいうとおり、原告らの行為がストライキを口実に勤務時間を変更するようなものであったとしても、ストライキ以外の時間に提供された労務が被告にとって意味を持たないというような特段の事情がない限り、当該労務の提供が債務の本旨に従っていないということはできないというべきである。本件においては、原告らは始業時刻の九時から一五分間ストライキを行い、その余の時間について労務を提供したものであり、右一五分間を除くと就労しても意味がないというような事情を認めるに足りる証拠はないから、原告らの労務の提供が債務の本旨に従っていないという被告の右主張は、採用することができない。被告の主張するように、組合外出やストライキが長年にわたって繰り返されたとしても、この判断を左右するものではない。
〔賃金-賃金請求権の発生-ロックアウトと賃金請求権〕
 使用者が労働者から提供された労務の受領を拒否することにより賃金支払義務を免れるのは、使用者側からする争議行為の一種であって、これが許されるのは、労働争議の場において労働者側の争議行為によって労使間の均衡が破れ、使用者側が著しく不利な圧力を受けることになるような場合に限られると解されるところ、(証拠略)によれば、被告が主張するように、原告らが長年にわたって短時間のストライキや就業時間中の組合外出を再三繰り返してきたことを認めることができ、これらのストライキ等により被告会社の就業秩序に相当な乱れが長年継続的に生じていたことは、想像に難くない。しかしながら、その乱れは最近になって急に甚だしいものとなったというわけではなく、恒常的ともいえるような被告会社の就業秩序の乱れが、本件ストライキが行われたことにより耐え難い程のものとなったとは考えられない。したがって、本件ストライキにより被告側が著しく不利な圧力を受けたものとは認められないから、被告の右主張は失当である。被告は、原告らのストライキが違法、不当なものであったことが就労拒否の正当性を根拠付けるから、このような場合には、使用者側が著しく不利な圧力を受けなくとも労務の受領拒否が許されると主張する。しかしながら、労務の受領拒否が正当性を有するためには、労使間の勢力の均衡を回復するための対抗防衛手段として相当であることも要求されると解すべきところ、仮に被告の主張するようにストライキが違法なものであったのであれば、これに対する懲戒処分等により就業秩序の回復を図るという手段も考えられるところであるから、本件において就労拒否という手段を取ることが相当かどうか問題となり、かえって就労拒否の正当性に疑問が生じる。したがって、被告の右主張は、採用できない。