全 情 報

ID番号 04899
事件名 仮処分申請事件
いわゆる事件名 日本製鉄事件
争点
事案概要  デモ行進の制限に関する軍政部の命令に違反したかどで軍事裁判により実刑を科せられた者が就業規則の「不正な行為をして社員の体面を汚し、またはこれに準ずる行為をした者」に当たるとして懲戒解雇された事例。
参照法条 労働基準法89条1項9号
体系項目 懲戒・懲戒解雇 / 懲戒事由 / 信用失墜
懲戒・懲戒解雇 / 懲戒手続
裁判年月日 1950年10月2日
裁判所名 福岡地小倉支
裁判形式 判決
事件番号 昭和24年 (ヨ) 133 
裁判結果 却下
出典 労働民例集1巻5号798頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔懲戒・懲戒解雇-懲戒手続〕
 右協約条項の趣旨は、懲戒解雇の基準を中央労務委員会に於て協議決定する迄は一切懲戒解雇は認めないとか、それ迄の間に於ても懲戒解雇について就業規則の適用を一切排除するとか言う趣旨でない事は明瞭であつて要するに組合は「具体的な」解雇基準を協議決定して就業規則の解雇基準を排除し、会社の解雇の自由を制限せんとしたが賃金斗争に多忙を極めた為解雇基準を中央労務委員会で協議決定すると言う原則を確立しただけでそれ以上を斗い取るに至らなかつたのである。
 従つて懲戒解雇に関する具体的な基準が労働協約によつて定められない間は(或は中央労務委員会に於て協議決定されない間は)就業規則の懲戒解雇に関する条項が適用されるのは当然であつて就業規則を排除する根拠は存在しない。故に債権者等此の点に関する主張は全く理由がない。
 〔中略〕
〔懲戒・懲戒解雇-懲戒事由-信用失墜〕
 問題は本件が右就業規則の懲戒解雇に関する条項に該当するか否かであるが、〔中略〕(就業規則)に依れば懲戒解雇の原因として其の第四十七条第五号に、「正当の理由なく無断欠勤十四日以上に及んだ者」とあり、又同条第十五号に「前条各号に該当し其の情が特に重い者」と定め、其の前条各号の中に「不正な行為をして社員の体面を汚した者」(第九号)と言う条項があつて、本件債権者等に適用されたのは是等の条項である。なお、第四十七条第十五号に依つて準用される第四十六条第十号には「其他前各号に準ずる行為をした者」と定めてあるから厳格な意味では「不正な行為をして社員と体面を汚した者」に該当しなくても、その立案の趣旨、目的等から言つて之に準じて考えられる場合は懲戒解雇の原因となるのである。
 そこで右の「不正の行為を為し社員としての体面を汚した者」「其他之に準ずる者」と言う条項の立案の趣旨を考えて見ると、会社も一つの社会的存在として社会的活動をする以上、社会人としての自然人と同様、会社としての体面や名誉を重んじなければならない事は、会社の内外から当然要求される事である。従つて刑罰法令に触れて体刑を言渡され服役を要するような者とか、或は刑罰には処せられなくても刑罰法令に触れる行為で社会から非難されるような行為をした者、又は刑罰法令に触れなくとも正しくない行為で社会から甚だしく非難される行為をした者を其のまま雇傭して行く事は、会社としても社会に対し憚るところがある為に、社会に対する関係上引続き雇傭関係を継続し難いと言うところから、斯様な規定が設けられて来る。立案の趣旨がそうだとすれば、本条の適用範囲も本条立案の主眼である右の点からおのずから決つて来る。
 即ち「不正の行為」と言えば刑罰法令に触れる行為は勿論すべて含まれる訳であるが、其の後段に「社員の体面を汚した者」と言う文言がついているから、刑罰法令に触れる行為で且社会的に非難せられる行為を為し、其の為雇傭関係を継続し難い者は、すべて之に該当すると解せられるのであつて、之を債権者の主張するように破廉恥罪に限ると解すべき合理的根拠はない。たとえそれが破廉恥罪であつても無くても、又国内法令違反であつても占領軍命令違反であつてもすべて之を含むと解せられるのは当然である。
 債権者等は、本件の如き事案に依り占領軍の軍事裁判によつて罰せられたのは右条項に該当しないと言うけれども其の主張は正当でない。日本政府及日本国民は降伏文書の受諾調印により連合国最高司令官及其の命令の趣旨を執行する連合軍の各司令官の如何なる命令にも服従し誠実に之を履行すべき事を誓約したのであるから、占領軍の命令を遵守し占領政策に服する事は、思想的立場の相違如何に拘らず日本国民当面の最大義務であつて何はさて措いても此の義務は誠実に履行しなければならない。然るに故らに之に違反する行為を為し軍事裁判により実刑を課せられ、服役を要するに至る事は正に重大な出来事であつて社会的に非難せらるべき行為と言うべく、又占領軍の発する禁止令も一の法秩序である以上、集団的行動を以て故らに之を無視し蹂躪する行為は此の点よりも著しく社会的に非難せらるべき行為であつて斯様な行為は当然右条項に該当するものと言わねばならぬ。
 其の公共的影響、社会的関心の大きさから言うと寧ろ単に特定の人又は法人に被害を及ぼすに過ぎない破廉恥罪以上のものがあるのである
〔懲戒・懲戒解雇-懲戒手続〕
 債務者会社は、債権者Aの係長には右の通知をしたが、係長遅参の為委員会に出席出来ず、又債権者Bの係長には通知洩れであつた事を認める事が出来る。併しながら証人C(第一回)Dの各証言に依れば係長を出席せしめるのは該当者の平素の勤務状態や素行や同僚間の折合について意見を述べさせる為であつて、それ等の事は係長が出なくとも組合側の委員がよく調査して知つている筈であるし、又平素の勤務成績、行状等については会社の人事の係に於て平素から係長をはじめ直属上長の意見を聴き、充分調査してある筈であるから、直属上長の出席は手続要件であつて処罰の効力発生要件ではないと解せられる。殊に本件に於ては軍事裁判により実刑を課せられ六ケ月の服役を要するに至り社員の体面を汚したと言う事が懲戒解雇の原因になつて居り、平素の勤務成績や行状は解雇の可否とは関係のない事であるから係長の出席を解雇の効力発生要件と解する事は正当ではない。
 又該当者本人に通知の無かつた事は〔中略〕認め得るけれども前記八幡労務委員会専門委員会設置要綱〔中略〕には該当者の住所不明其他の理由により正規の手続により難いときは、其の手続の一部を省略する事が出来るとなつている点や又言わば本人の弁護人又は代理人とも言うべき組合側の委員が多数出席し、是等の組合側委員は事前に本人に有利な事実の調査をするだけの職責を尽しているものと考え得る点(現に本件に於ては組合側委員が事情を調査して賞罰委員会に於て債権者等の為弁明に努めている―疏乙第二号証ノ一)殊に本件に在つては、本人は軍事裁判にかかつて拘留中であるから委員会に出席して弁明する事は出来ないし、又本件事案は軍事裁判によつて実刑を課せられ服役を要するに至つたと言う事実自体が、懲戒解雇の決定的原因となつている事等を総合して考えると、本人に通知せず其の意見を聴かなかつたからと言つて懲戒解雇自体を無効と解する事は正当でない。又軍事裁判に於ても本人の弁明も聴き事実も調査して後判決するのであり、又師団長に上訴する事も出来、現に本件債権者等も師団長の再審理の結果体刑罰金共半減されて前記の刑となり又他の関係者は全部執行猶予に変更されたところから見れば本人の弁明も聴取されてある事が窺われ、そのような再審理を受けてもなお且右のような刑になつたのだから違反事実は間違なく占領軍から見ればそれだけの処罰に値した事件であつたと見なければならない。さうだとすれば会社が何等かの方法で本人の弁明を聴いたとしても、その事によつて懲戒解雇の処分を動かし得たものとは見られないし、そのような場合に於て、本人に通知し弁明を聴く手続が洩れていた事を理由に懲戒解雇を無効と解するのは正当ではない。