全 情 報

ID番号 05038
事件名 損害賠償請求事件
いわゆる事件名 前田建設事件
争点
事案概要  県道付け替え工事に従事していた労働者が作業中に土砂崩れにより死亡(労災)したことにつき被災者の遺族が県等を相手取って損害賠償を請求した事例。
参照法条 民法709条
労働者災害補償保険法16条の2
体系項目 労働契約(民事) / 労働契約上の権利義務 / 安全配慮(保護)義務・使用者の責任
労災補償・労災保険 / 損害賠償等との関係 / 労災保険と損害賠償
裁判年月日 1979年1月31日
裁判所名 山口地
裁判形式 判決
事件番号 昭和49年 (ワ) 129 
裁判結果 一部認容
出典 タイムズ388号114頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔労働契約-労働契約上の権利義務-安全配慮(保護)義務・使用者の責任〕
 民法七一七条一項にいわゆる工作物の占有者とは、工作物を事実上支配し、その瑕疵を修補しえて損害の発生を防止しうる関係にある者を指す(東京高裁昭和二九年九月三〇日判決、下民集五巻九号一六四六頁)と解すべきである。
 〈証拠〉によれば被告山口県は昭和四七年一二月一九日被告会社と第五工区の5の付替道路工事等にかんし請負契約を締結したが、右契約内容によれば、被告会社は被告山口県において作成した設計書に従うほか、工事の施工に当つては被告山口県で定めた「山口県土木工事標準仕様書及山口県土木工事管理基準」「現場必携」及び「特記仕様書」(乙第四号証の二)に基づき実施することが要求され、また被告会社は、着工に先立ち二週間以内に実施工程表、施工方法(施工の順序、工法等について)、主要機械使用計画、主要材料及び労務者使用計画等の内容を記載した「施行計画書」を被告山口県に提出してその承認を受けなければならず、さらに着工後も道路の切取りにあたり土質に著しい変更があつた場合や計画を変更したりする場合は、直ちに被告山口県の監督員に報告してその指示を受けるようになつていた。被告会社は、本件請負工事にかんしA作業所を設け、別表(二)記載のとおり同所長Bが本件請負工事を総括したが、同人は安全管理者の土木主任Cと時折現場を巡視する程度で、現場では土木係長Dが保安責任者として土木係員二名の補佐を得てE組の作業員七名を(実際には世話役Fを介して)指揮・監督していた。他方、被告山口県は、現場担当の責任者である技術吏員Gが毎週二、三回本件工事現場に赴き、現場責任者Dに対し必要な指示を与えて指揮監督すると共に、未だ工事開始後日が浅いため現実にはなかつたが、いつでも必要に応じて右Dから連絡があれば直ちに現場に赴いて相談を受ける態勢が整つていた。また、被告会社が取得する本件工事の請負金額は、付替道路工事第五工区の5、第六工区の1H橋下部工区を合せて七三二〇万円であり、その中に工事現場の地質調査費は含まれていなかつたが、被告山口県は本件事故後専門家である国立I大学教授二名に依頼して事故現場の地質調査を行うと共に、今後の対策として崩壊個所の地山の安定をはかるため崩壊面全体を整形し、ロツクネツト及び種子吹村などの法面防護工を施し、更に今後道路の開削にあたり法線の変更、切取勾配の変更、山留擁壁の施行等を検討のうえ施工する方針をたてた。
 以上の事実が認められ、これとこれまで認定してきた諸事実から窺われる被告山口県と被告会社との関係、人事面、予算面や具体的工事面での被告山口県の支配的地位、さらに工事現場における被告山口県の役割等を綜合考慮すれば被告山口県は、単なる注文者の地位に止まらず本件工事現場を事実上支配し、パイロツト道路の欠陥についてもこれを修補しうる地位にあつて被告会社と共に直接に占有していたと認めるのが相当で共同占有者として本件工作物の設置保存の瑕疵に基づく損害を被告会社と連帯して賠償する責任がある〔労災補償・労災保険-損害賠償等との関係-労災保険と損害賠償〕
 原告X1が昭和五二年一〇月末日までの労災保険法に基づく遺族補償年金合計四八三万四七一五円、葬祭料二一万七三〇円を各受領したことは当事者間に争いがない。
 被告会社は右金額は原告らの損害額から控除すべきであると主張する。 しかし、右のうち葬祭料(現行労災保険法一二条の八、一項五号、一七条)は葬祭を行なつた原告X1に対し給付されたもので損害填補の性質を有しないから控除すべきではない。
 次に、遺族補償年金(同法一二条の八、一項四号、第一六条の二)につき、原告らは亡Jの得べかりし利益の喪失による損害賠償債権を相続した原告X2ら三名は右年金の受給権者でないから控除すべきではない(最高裁昭和五〇年一〇月二四日第二小法廷判決)と反論する。しかしながら、右年金は、労働者の収入によつて生計を維持していた遺族に対し右労働者の死亡のためその収入によつて受けることのできた利益を喪失したことに対する損失及び生活保障を与えることを目的とし、かつ、その権能を営むものであつて、遺族にとつて右年金によつて受ける利益は死亡した者の得べかりし収入によつて受けることのできた利益と実質的に同一同質のものといえるから、死亡した者からその得べかりし収入の喪失について損害賠償債権を相続した遺族が右年金の支給を実質的に受けたときは、同人の加害者に対する損害賠償請求権の算定にあたつては、相続した前記損害賠償債権額から右実質的に受けた各給付相当額を控除しなければならないと解するのが相当である(同上判決参照)。しかも、遺族給付は死者の収入により生計を維持していた遺族全員に支給されるのであり、受給権者の定めは支給手続の簡便ということから受給者の代表者を定めているにすぎず、実質的に給付の利益を受けているのは遺族全員であるから、遺族全員の損害から右利益を控除すべきである。そうして、遺族の範囲、実質的受益の割合については合理的に認定のうえ損害から控除すべきであると解する。