全 情 報

ID番号 05040
事件名 労働者災害補償給付に関する処分取消請求事件
いわゆる事件名 高岡労基署長事件
争点
事案概要  工場で英文タイプおよび一般事務に従事していたタイピストに発症した頚肩腕症候群につき業務上の事由によるものか否かが争われた事例。
参照法条 労働基準法75条
労働基準法76条
体系項目 労災補償・労災保険 / 業務上・外認定 / 職業性の疾病
労災補償・労災保険 / 補償内容・保険給付 / 時効、施行前の疾病等
裁判年月日 1979年5月25日
裁判所名 富山地
裁判形式 判決
事件番号 昭和47年 (行ウ) 1 
裁判結果 一部認容(控訴)
出典 時報939号29頁/タイムズ394号138頁/労働判例324号46頁/訟務月報25巻10号2643頁
審級関係 控訴審/名古屋高金沢支/   .  ./昭和54年(行コ)2号
評釈論文 西村健一郎・昭和54年度重要判例解説〔ジュリスト718号〕257頁
判決理由 〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-職業性の疾病〕
 2 労働者災害補償保険法によって休業補償給付の支給対象とされる疾病は業務上の疾病であり、その範囲は労働基準法施行規則三五条の規定するところであることは労働者災害補償保険法一二条の八第二項、労働基準法七五条によって明らかであるが、右の業務上疾病とは業務と疾病との間に相当因果関係があることを要するとともにそれをもって足りるものと解するのが相当である。従って、規則三五条一号ないし三七号に列挙されている疾病は業務と疾病との間に定型的に相当因果関係の認められるものを例示的に列挙したものと解され、同条三八号にいう「その他業務に起因することの明かな疾病」も業務と相当因果関係のある疾病を意味するにとどまり、「明かな」なる文言が用いられているからといって同号が他の各号の場合に比して業務上の疾病の認定について要件を加重しているものと解するのは相当でない。
 ところで、亡Aには前記認定のとおり手指、腕等の痛みなどいわゆる頚肩腕症候群の症状が認められるのであるが、それが業務に起因するもの(頚肩腕障害)であるか否かは、自覚症状及び他覚症状(筋力検査等の諸検査を含む。)並びに作業と発症経過との関連(作業内容、作業環境、同種作業従事者の発症の有無等)を総合的に検討して決するのが相当である。その意味において、前記労働省労働基準局長通達による基準は、前記認定の基準【2】について、業務量が当該労働者の肉体的条件から考えてその個体にとって過重であると認められれば足りるものと修正し、同【4】について、業務以外の他の疾病によるものでないと積極的に認められることまで必要とするものではなく、また仮にそれが他の疾病による症状としての性格をもつ場合であっても、医学上業務を原因とする疾病としての性格をも有力に合わせもつ場合には業務上疾病と認定してさしつかえないものと修正すれば、おおむね妥当なものと考えられる。すなわち、本件の如きタイプ業務等による頚肩腕症候群の業務起因性の判断は、前記のとおり規則三五条三八号該当性有無の判断ではあるけれども、同条一号ないし三七号の場合に準じて、タイプ業務等上肢を同一肢位に保持又は反復使用する作業を主とする業務に相当期間相当密度で従事した労働者であることと、頚肩腕症候群の発症の事実が認められれば、右業務が当該労働者にとって過重な負担でなかったこと、あるいは右症状が業務以外の原因によって発症したものであることを、当該疾病が業務上症病ではないと主張する者において積極的に立証しないかぎり、原則として業務起因性が事実上推定されるものと解するのが相当である。
 〔中略〕
 本件においては、亡Aに対し頚肩腕障害の診断の資料となるべき諸検査がなされていないこと、同人の死亡により自覚症状につき同人自身の供述がえられなかったこと、頚肩腕障害及び全身性エリテマトーデスの病理、診断基準等が未だ十分解明されていないことなどの事情から、業務起因性の判断は極めて困難である。殊に、亡Aの昭和三九年三月ころまでの症状は、前記認定の頚肩腕障害の症状及び全身性エリテマトーデスの初期症状と対比してみても、頚肩腕障害の症状であったのか、全身性エリテマトーデスの初期症状であったのか、あるいは両者が併存していたのかは必ずしも明らかでなく、また、いずれによってでも一応説明可能な症状といわねばならない。しかしながら、右の事実に前記認定の亡Aの作業歴、作業内容及び作業量、同種業務従事者の発症、B医師の所見等を総合すると、昭和三九年三月ころまでの前記症状は、全身性エリテマトーデスの初期症状としての性格をも有するものであったかどうかはともかくとして、頚肩腕障害の性格を有力に備えていることは否定しえず、このことは労働衛生学上も十分根拠のあるものと認められ、従って、右症状は業務に起因するものであると認めるのが相当である。〔労災補償・労災保険-補償内容・保険給付-時効、施行前の疾病等〕
 労働者災害補償保険法四二条によると同法に基づく休業補償給付を受ける権利は二年を経過したときは時効により消滅する旨規定されているが、その消滅時効の起算点については明文がない。右休業補償給付請求権を含む同法所定の災害補償請求権の法的性格については、不法行為に基づく損害賠償請求権と同質ないしはその発展としてとらえる伝統的見解をはじめとして種々の見解のわかれるところであるが、休業補償給付請求権の消滅時効の起算点は、不法行為に基づく損害賠償請求権に準じて、民法七二四条の類推により、被害者が損害及び加害者を知ったとき、すなわち、業務上の疾病であることを覚知した時点であると解するのが相当である。
 けだし、労働者が業務上の疾病により休職したにもかかわらず、右休職が業務上の疾病によるものであることを知りえない場合のありうることは不法行為の場合と異らないのであり、そのような場合に、休業補償給付請求権につき民法七二四条を類推することは、労働者の保護を目的とする災害補償制度の立法趣旨に合致こそすれ、何ら反するものではないと解されるからである。
 そして、(証拠略)によれば、亡Aが業務上の疾病である頚肩腕障害によって休職したことを確定的に認識したのは、本件疾病が頚肩腕障害である可能性が強い旨の判断を記載した前記B医師の昭和四三年一一月二七日付意見書(甲第三号証)の内容を亡Aが了知した同月末ころであると認めるのが相当である。もっとも、証人Cの証言によれば、昭和三七年ころ、亡Aが医師からタイプの打ちすぎではないかといわれたこと、昭和三八年ころ同人が訴外会社の総務課長に対し本件疾病はキーパンチャー病ではないか、そうだとすると労災ではないかと申し述べたことが認められ、右事実によると当時同人が本件疾病が業務上疾病ではないかとの疑いを抱いていたことがうかがわれるけれども、右の事実のみでは、いまだ同人が確定的に業務上疾病であると認識していたものと認めることはできないから、右事実は前記認定を妨げる資料となるものではなく、他に前記認定を覆すに足りる証拠はない。
 従って、本件休業補償給付請求権の消滅時効は昭和四三年一一月末ころから進行を開始したものであるところ、亡Aが、右時点より二年以内である昭和四四年七月一〇日、被告に対し、本件休業補償給付の請求をなしたことは当事者間に争いがないから、右消滅時効は未だ完成していないものといわねばならない。