全 情 報

ID番号 05057
事件名 遺族補償年金等不支給処分取消請求事件
いわゆる事件名 苫小牧労基署長事件
争点
事案概要  けい肺にかかっていた労働者の肺がんによる死亡が業務上の死亡に当るか否かが争われた事例。
参照法条 労働基準法79条
労働者災害補償保険法7条1項
労働者災害補償保険法16条
体系項目 労災補償・労災保険 / 業務上・外認定 / 職業性の疾病
裁判年月日 1982年3月31日
裁判所名 札幌地
裁判形式 判決
事件番号 昭和52年 (行ウ) 11 
裁判結果 認容(控訴)
出典 時報1069号65頁/タイムズ468号119頁/労働判例384号19頁/訟務月報28巻8号1622頁
審級関係 上告審/最高三小/昭61.10. 7/昭和60年(行ツ)176号
評釈論文 秋田幹男・労災職業病の企業責任〔労災職業病健康管理【1】〕188頁
判決理由 〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-職業性の疾病〕
 なお、本件においては、究極的には右肺がんの業務起因性の存否が問題となるわけであるが、じん肺については一般的に業務起因性が肯認されている(労基規則三五条七号参照)ため、亡Aが業務上じん肺に罹患していたことが認められ、そのじん肺と右肺がんとの間に因果関係の存在することが認められれば、結局、右肺がんの業務起因性も肯認されることとなる。
 〔中略〕
 3 以上の亡Aの職歴と同人に対する診断結果等を総合すると、同人は軽度のけい肺(非典型けい肺)に罹患していたものであり、右けい肺は同人の前記業務に起因するものであると判断される。
 〔中略〕
 (7) 以上の臨床病理学的及び臨床疫学的な報告を中心に、じん肺と肺がんとの関連性について疫学的立場から考察を加えてみると、けい肺と肺がんとの間に何らかの関連性のあることは強く示唆されるが、一方肺がん発生のリスクは既知の職業がんの場合におけるリスクに匹敵するほど高いものは認められず、肺がん発生の明らかな量・反応関係も認められないので、右の関連性も既知の職業がんと同一レベルで論ずることができないことも事実である。検討した資料が既知の職業性肺がんに比べて量的に少ないことと、質的にも関連性の強さの程度が明らかでないことが、確定的な結論を引き出しえない主因と思われる。
 (8) 以上の成績を総括すると、じん肺と合併肺がんの因果性の立証については、今日得られている病理学的及び疫学的調査研究報告の多くをもってしても、なおかつ病因論的には今後の解明にまたねばならない多くの医学的課題が残されている。そして、このことは、単に我が国のみならず諸外国においても同様の傾向にあると考えられる。しかし一方、我が国のじん肺と肺がん合併の実態は、じん肺剖検例及び療養者において高頻度であることが明らかである。また、肺がんはじん肺進展過程の様々な次元においてそうした傾向の合併が認められることを示唆した報告がある。しかも、じん肺合併肺がん患者を取扱った一般医療機関の臨床医師により、かかる患者に種々の医療実践上の不利益が生ずることが指摘されている。したがって、じん肺に合併した肺がん症例の業務上外の認定にあたっては、じん肺患者の病態と予後にかかわる実態が充分に考慮され、補償行政上すみやかに何らかの実効ある保護施策がとられることが望ましい。
 3 因果関係の存否について
 じん肺とこれに合併した肺がんとの間の因果関係の存否に関する医学的研究の到達点は、前項に認定したとおりであるが、これによれば、要するに、現時点においては、両者の間に、病理学的因果関係はもとより、疫学的因果関係の存在もこれを確証することができないということである。
 しかしながら、本訴で問題となっている両者間の因果関係は、前記(二項)のとおり、肺がんが労基規則三五条三八号の規定する「その他業務に起因することの明らかな疾病」に該当するか否かという法的判断の一過程をなすものであって、法的評価としての相当因果関係にほかならない。そして、この点の立証は、もとより、一点の疑義も許されない自然科学的証明ではなく、経験則に照らして全証拠を総合検討し、事実と結果の間に高度の蓋然性を証明することであり、その判定は通常人が疑いを差しはさまない程度に真実性の確信を持ちうるものであることを必要とし、かつ、それで足りる(最高裁昭和五〇年一〇月二四日判決、民集二九巻九号一四一七頁参照)と解すべきであって、病理学的因果関係の存在や厳密な意味における疫学的因果関係の存在が証明されることは、必ずしも必要ではないというべきである。
 そこで、この見地に立って前記の医学的研究成果をみるに、じん肺と肺がんの合併については、剖検例を中心として高い合併率の存在を報告するものが多く、これらは、調査対象が必ずしも一定の標本集団とはいいがたいことから、その評価には限界が存するのであるが、じん肺とこれに合併する肺がんとの間に何らかの関連性が存することを示唆するものである。中でも、比較的信頼性の高い日本剖検輯報の調査成績とB労災病院の調査成績によれば、じん肺剖検例に肺がんの合併が見られる割合は一般の肺がんによる死亡割合に比して約六倍であり、全悪性腫瘍に対する肺がんの割合についてはじん肺剖検例と一般との間に約三・五倍の差が存する。しかも、B労災病院の調査成績は、疫学的手法による慎重な吟味を加えた場合においても、じん肺に罹患した者について一般より少くとも三倍近い肺がん合併率の存在を報告するものであって、これらの事実からすると、既知の職業性肺がんの場合とは同一に論じることができないとしても、じん肺に罹患した者に肺がんの発生する危険度が高いということは、疑いを差しはさむことができないのであり、このことは、じん肺とこれに合併する肺がんとの因果性を強く推測させるものである。一方、前記の報告書が両者の因果性についてこれを確証することができないとしたのは、ことが、がん発生のメカニズムという現代の医学的知見をもってしても解決の容易でない課題に関することが一因であると考えられるほか、前記のとおり、実験病理学的、病理形態学的、さらには疫学的な諸研究についてそれぞれ障害や制約が存するため、現在得られている情報が量的にも質的にも限られていて、医学上の観点から確定的な結論を出すには足りないという理由によるものと考えられるのであって、両者の因果性を積極的に否定しているものではない。
 したがって、少なくとも本件で問題となっているけい肺に関しては、これに罹患している者に原発性の肺がんが発生した事実が立証されれば、この肺がんは右けい肺に起因すると事実上推定するのを相当とし、右肺がんがけい肺と関連性を有しないとする特段の反証がなされない限り、訴訟上両者の間に相当因果関係の存在を肯定すべきである。そして、右の理は、じん肺の程度と肺がんの合併頻度の関連についての先の報告からするならば、じん肺法によるじん肺管理区分が管理四と決定された者のみに限定すべき理由はなく、中等度又は軽度のけい肺に罹患した者についてもこれを認めるべきであると考えられる。
 五 そこで、本件の肺がんの業務起因性について判断する。
 前記のとおり、亡Aは軽度のけい肺に罹患していたものであるが、(証拠略)によれば、同人に発生した肺がんは原発性のものであることが認められ、また、先に認定した初診からの期間、入院後の期間からすれば、右肺がんはけい肺の経過中に発生したものであると推認される。
 したがって、本件の肺がんは右けい肺に起因するものと推定され、特段の反証の存しない本件においては、両者の間に相当因果関係の存在を肯定すべきである。
 さらに、右けい肺は亡Aの長年にわたる粉じんを飛散する場所における業務に起因するものであること、前記のとおりであるから、結局、本件の肺がんも右業務に起因するものと認めるのが相当である。