全 情 報

ID番号 05092
事件名 損害賠償請求事件
いわゆる事件名 アルバイト高校生事件
争点
事案概要  アルバイト高校生が、アルバイト先の新聞販売店に戻る際に外路上に設置されていたバリケードのロープに頚部をひかっけて傷害を負ったケースで、国賠法に基づき市に対して損害賠償の請求をした事例。
参照法条 国家賠償法2条1項
民法722条2項
労働基準法84条2項
体系項目 労災補償・労災保険 / 損害賠償等との関係 / 労災保険と損害賠償
裁判年月日 1986年11月26日
裁判所名 浦和地
裁判形式 判決
事件番号 昭和57年 (ワ) 15 
裁判結果 一部認容(控訴)
出典 時報1222号101頁/タイムズ648号220頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔労災補償・労災保険-損害賠償等との関係-労災保険と損害賠償〕
 原告が、労災保険法による療養補償給付として前記治療費と同額の、休業補償給付として前記休業損害と同額の、また休業特別支給金として金五〇万四一七〇円の各給付を受けたことは当事者間に争いがない。したがつて、右療養補償給付及び休業補償給付合計額八四七万二七五五円は前記損害額から控除されなければならない。
 被告は、原告が受領した労災保険給付額は過失相殺後の損害額から控除されるべきである旨主張する(いわゆる控除前過失相殺説)ので付言するに、労災保険の制度趣旨は、労働者が人たるに値する生活を営むための災害補償につき迅速かつ公正な保護を図るところにあり、その意味で社会保障的性格を有しているものというべきところ、労災保険法一二条の二の二は、右の制度趣旨を反映して故意の犯罪行為や重大な過失に基づく場合を除いて、一般には過失相殺的減額を行わないこととしている。したがつて、控除前過失相殺説を採用すると、加害者だけが利益を受け、労災保険においては重過失を除いて過失相殺的減額を受けないという被害者の利益が害されるおそれがあり、災害補償の迅速かつ公正な保護が図られないことになる。一般の損害保険給付において控除前過失相殺説が採用される理論的根拠は、いわゆる保険者の代位(商法六六二条参照)により、保険給付があると過失相殺後の損害賠償請求権が保険者に法定的に移転する結果、被害者の加害者に対する右賠償請求権がその部分減縮するとするいわゆる代位の法理に求めることができるが、労災保険に関しては、第一に、使用者による災害の場合には、使用者は労災保険関係の当事者であるから、労災保険給付が支払われても政府が被害者に代位することがないのは当然であるし、第二に、代位の法理によると、保険者において給付をした場合には、被害者の有する加害者に対する損害賠償請求権という一個の金額債権が代位により右給付額の限度で一括して移転するはずであるが、労災保険給付は、損害賠償請求における損害の費目に相当する各種の保険給付(たとえば、療養補償給付、休業補償給付など)が独立性を有しており、そのため、たとえば療養補償給付がなされたが、実際の治療費はこれより少ないという場合に、民事損害賠償請求訴訟の中で、その差額をたとえば逸失利益のような性質の異なる損害費目をも加えた他の損害から控除することは許されないものと解すべきであつて(最三判昭和五八年四月一九日民集三七巻三号三二一頁参照)、昭和五五年法律第一〇四号によつて新設された同法六七条(労災給付と民事賠償との調整規定)の「同一の事由」というのも、単に事故の同一性を意味するものではなく、填補内容の性質上の同一性をも含む概念と解されるから、このような点は代位の法理による理解には親しまず、むしろ、損害それ自体が同一性質の内容を有する保険給付がなされることによつて減縮し、差し引かれるものと理解するのに適している。
 そして、労災保険の各種給付がそれぞれ独立の性質を有することに鑑れば、これを相互に流用する結果を招来する控除前過失相殺説は著しく不当であり、また、前記の労災保険の制度趣旨にも反することが明らかである。