全 情 報

ID番号 05169
事件名 療養補償費不支給決定処分取消請求控訴事件
いわゆる事件名 福知山労基署長事件
争点
事案概要  六年にわたってモーターグレーダーの運転に携わってきた運転手の椎間板ヘルニアによる腰痛が業務に起因する疾病といえるか否かが争われた事例。
参照法条 労働基準法75条
労働基準法施行規則35条
労働者災害補償保険法7条
体系項目 労災補償・労災保険 / 業務上・外認定 / 職業性の疾病
裁判年月日 1976年4月2日
裁判所名 大阪高
裁判形式 判決
事件番号 昭和48年 (行コ) 25 
裁判結果 棄却(確定)
出典 訟務月報22巻4号1049頁
審級関係 一審/05147/京都地/昭48. 9.21/昭和42年(行ウ)15号
評釈論文 佐藤進・ジュリスト651号135頁/西村健一郎・社会保障判例百選〔別冊ジュリスト56号〕128頁
判決理由 〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-職業性の疾病〕
 原告の本件腰痛が労働基準法施行規則三五条三八号(以下三八号という)にいうその他業務に起因することの明らかな疾病といえるかどうかについて検討する。
 〈証拠略〉によると、腰痛症ないし坐骨神経痛はいわゆる症状名であつて、その原因疾患として種々のものが考えられているが、一見明らかに外傷性と認められないものについても、日常的継続的な動作がもたらす腰部や脊椎の刺戟、負担が内臓臓器や骨の病変ないし退行変性を促進助長する素因として働き、或いは日常的諸動作によつて生じる極く軽微な外傷の積み重ねが腰痛症発症の誘因となつていることが少なくないこと、したがつて、重量物の運搬、中腰などの不自然な姿勢の持続によつて腰部に加えられる継続的な過重負担が弱点になり、これが腰痛症発症の有力な誘因として考えられ、統計的にもこのような重作業に従事する労働者に慢性的な腰痛症が多くみられること、椎間板ヘルニアは、椎間板を組成する線維輪に断裂が生じ、そこから髄核が椎間板の外に脱出することによつて発症するものであるが、線維輪の断裂は、二〇才頃からはじまる椎間板の退行変性と日常生活における諸動作がもたらす極く軽微な外傷の積み重ねがからみ合つて生じるものであり、したがつて肉体労働に従事することと関係なく、日常の慣行的諸動作中にもその発症の契機が潜んでいること、しかし椎間板ヘルニアも、その発症の可能性が日常腰部に加えられる負担の強さに対応し、統計的にも重作業従事者にその発症が多くみられること、この点では椎間板ヘルニアも、一般の腰痛症と同様であることが認められ、この認定に反する証拠はない。
 〔中略〕
 椎間板ヘルニアの多くが、椎間板の退行変性を下地とし、これに日常的な諸動作による負担の積重ねが加わつて椎間板の組織が徐々に損傷されることにより、遂にその発症をみるものであることは、さきに認定したとおりであり、一般にその原因について、業務との関連性を正確に把握することが極めて困難であるため、業務起因性を積極的に認定できない場合がむしろ通例であることは、否定できない。しかし、椎間板ヘルニアの発症の可能性が、日常腰部に加えられる負担の強さに対応し、統計的にも重作業従事者に椎間板ヘルニアの発症が多くみられ、その作業内容が日常の諸動作に比し腰部に著しく過度の負担をおよぼす性質のもので、しかも、その作業従事期間が長期間にわたる場合には、当該業務の影響が、日常生活での諸動作やその他の原因にもまして椎間板ヘルニア発症の主要な原因となつているものと推認するのが最も合理的である。従つて、このような場合には、さきに認定した椎間板ヘルニア発症の病理経過からして、その発症と業務との間の因果関係が医学的にも明らかであるとして、これに業務起因性を肯認するのが至当であるといわなければならない。新通達が、このような場合をも含めて椎間板ヘルニアを原因とする腰痛について、三八号の適用を全く否定するものであるとすれば、前記三五条一号ないし三七号において業務上疾病の範囲を例示したことによつて生じる適用上の不都合を、三八号をもつて補おうとした立法の趣旨に沿わないことになる。したがつて、新通達の認定基準のうち椎間板ヘルニアに関するものは、その発症原因の多様性、ことにそれが一般に業務と無関係に生じうるものであることに鑑み、特に椎間板ヘルニアを例外的に取り扱うことによつて、その業務起因性の認定について厳格な態度を要求したもので、災害性の原因によらない椎間板ヘルニアを原因疾患とする腰痛の業務起因性を、全面的に一率に否定しようとする趣旨までも示したものではなく、このことは、このような認定基準を設けていない旧通達下での三八号の解釈にも妥当すると解するのが相当である。
 そこで、この視点に立つて本件をみると、原告は、本件腰痛によつてA病院に入院するまでの間約七年にわたつて、モーターグレーダーの運転業務とその附随業務である刃の取替作業に従事し、うち五年間はこれに専従していたもので、右運転業務従事中は終始中腰の不自然な姿勢でモーターグレーダーの振動と騒音を直接身体に受けていたものである。そして、この振動と騒音は甚だ強度のものであり、その際の不自然な姿勢とあいまつて、右運転業務中に原告の腰部に加えられた負担の程度は、日常生活における一般的な諸動作による負担の域をはるかに超えるものとしなければならない。原告は、この業務に継続的に従事することによつて、通常の日常生活を営む限りでは生じえないような高度の腰部の変性ないし損傷をもたらされたことが推認でき、また、右運転業務に附随するモーターグレーダーの刃の取替作業も、総重量四一キログラムの重量物の運搬を伴うものであるから、これによつて腰部に加えられる負担も、通常の日常生活を営む際の負担より高度のものであると推認できる。しかも、原告は、右業務に従事するようになつてから、慢性的に腰痛を覚えるようになつたものであり、昭和三九年三月二日の刃の取替作業時にその腰痛を悪化させたが、その後も、職場の事情から引き続き約四か月間右業務に従事しており、このこともまた、原告の腰部疾患をさらに増悪させる原因となつた。そして、原告の日常生活その他において、一般的な年齢的、日常的素因以外に、本件腰痛の原因となるような特段の事情の存在したことが認められる証拠は全くない。
 以上のような原告の業務内容とその従事期間、腰痛の発症時期とその症状経過、椎間板ヘルニアの発症についての病理経過を併せ考えると、原告の本件腰痛の発症とその業務との間に相当因果関係を肯認することができ、その因果関係は、医学的にも十分説明できるものである。
 〔中略〕
 六 そうすると、原告の本件腰痛は、三八号に該当する疾病であつて、労災保険法一二条一号による療養補償給付の対象となるものといわなければならず、原告の本件腰痛が業務上の事由によるものと認められないことを前提にした本件処分は違法であつて取消しを免れない。