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ID番号 05287
事件名 退職金支払請求事件/民訴一九八条二項に基づく損害賠償申立上告事件
いわゆる事件名 香港上海銀行事件
争点
事案概要  退職金協定が失効しても、その支給基準は就業規則の一部となっており、当然にはその効力を失うものではなく、就業規則所定の退職金支給基準の適用があり、事後に締結された労働協約の遡及適用はないとされた事例。
参照法条 労働基準法89条1項3の2号
労働組合法16条
労働組合法17条
体系項目 賃金(民事) / 退職金 / 退職金請求権および支給規程の解釈・計算
裁判年月日 1989年9月7日
裁判所名 最高一小
裁判形式 判決
事件番号 昭和60年 (オ) 728 
昭和60年 (オ) 729 
裁判結果 一部破棄自判,一部棄却
出典 時報1383号164頁/タイムズ757号122頁/金融商事845号30頁/労働判例546号6頁/労経速報1368号3頁
審級関係 控訴審/01105/大阪高/昭60. 2. 6/昭和58年(ネ)639号
評釈論文 下井隆史・ジュリスト952号60~66頁1990年3月15日/小西國友・判例評論395〔判例時報1400〕186~191頁1992年1月1日/新谷真人・季刊労働法154号178~179頁1990年1月/村中孝史・平成元年度重要判例解説〔ジュリスト臨時増刊957〕212~214頁1990年6月/瀧川円珠・最高裁労働判例〔10〕―問題点とその解説429~446頁1991年3月/道幸哲也・法学セミナー35巻1号105頁1990年1月/名古道功・季刊労働法155号118~123頁1990年5月/齋藤隆・平成元年度
判決理由 〔賃金-退職金-退職金請求権および支給規程の解釈・計算〕
 上告人の被上告人との間の労働契約においては、被上告人は上告人に対しその退職日とされる昭和五五年六月三〇日に退職金を支払うとの約定がされ、一方、被上告人の就業規則には、退職金は「支給時の退職金協定による。」と定められているところ、右上告人の退職日の時点では、上告人の属する外銀労と被上告人との間で締結された本件退職金協定はすでに失効しており、これに代わる退職金協定は締結されていないので、上告人の退職金額の決定についてよるべき退職金協定は存在しないこととなる。しかしながら、右労働契約上は、退職時に退職金の額が確定することが予定されているものというべきであり、右就業規則の規定も、被上告人が従業員に対し退職金の支払義務を負うことを前提として、もっぱらその額の算定を退職金協定に基づいて行おうとする趣旨のものであると解されるから、外銀労との間で新たな退職金協定が締結されていないからといって、上告人について退職時にその退職金額が確定せず、したがって具体的な退職金請求権も発生しないと解するのは相当でなく、労働契約、就業規則等の合理的な解釈により退職時においてその額が確定されるべきものといわなければならない。
 ところで、被上告人は、昭和五〇年一〇月九日付で、労働基準法(昭和六二年法律第九九号による改正前のもの)八九条一項に基づき、従業員組合との間で昭和五〇年六月二六日締結した前記退職金協定に係る協定書の写しを添付した就業規則変更届を所轄労働基準監督署長に届け出ており、したがって、右退職金協定に定められた退職金の支給基準は、就業規則に取り入れられて就業規則の一部となったものというべきである。そして、就業規則は、労働条件を統一的・画一的に定めるものとして、本来有効期間の定めのないものであり、労働協約が失効して空白となる労働契約の内容を補充する機能も有すべきものであることを考慮すれば、就業規則に取り入れられこれと一体となっている右退職金協定の支給基準は、右退職金協定が有効期間の満了により失効しても、当然には効力を失わず、退職金額の決定についてよるべき退職金協定のない労働者については、右の支給基準により退職金額が決定されるべきものと解するのが相当である。そうすると、従業員組合との間の右退職金協定は昭和五三年一二月三一日に失効したが、それに伴い就業規則が変更された事実は認められないから、上告人については、右就業規則所定の退職金の支給基準(本件退職金協定に定められた退職金の支給基準と同一である。)の適用があるというべきである。
 被上告人は、原審において、労働組合法一七条により、昭和五九年七月二五日従業員組合との間で締結された昭和五五年度退職金協定が外銀労の組合員たる上告人にも遡及的に拡張適用されるべきであると主張しているが、既に発生した具体的権利としての退職金請求権を事後に締結された労働協約の遡及適用により処分、変更することは許されないというべきであるから、右拡張適用の有無について判断するまでもなく、右主張は理由がないといわなければならない。なお、被上告人は、従業員組合との間で締結した前記昭和五五年度及び同五六年度の各退職金協定に基づき就業規則の変更を行い、昭和五九年八月二一日各協定書の写しを添付した各就業規則変更届を所轄労働基準監督署長に届け出ているが、右就業規則の変更についても、同様の理由により遡及効を認めることはできない。