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ID番号 05321
事件名 遺族補償料等請求控訴事件
いわゆる事件名 長岡労働基準監督署長事件
争点
事案概要  労働者の業務上の死亡による遺族補償および葬祭料に関する労働基準監督署長の決定につき、使用者側が労働者災害補償審査会に不服の申立をしない場合には、遺族側は、右決定に不服がない場合でも、遺族補償金の支払を求める民事訴訟を提起するについては、同委員会の審査又は決定をうる必要はないとされた事例。
参照法条 労働基準法85条
労働基準法86条
体系項目 労災補償・労災保険 / 審査請求・行政訴訟 / 審査請求との関係、国家賠償法
裁判年月日 1951年12月22日
裁判所名 東京高
裁判形式 判決
事件番号 昭和26年 (ネ) 1302 
裁判結果 控訴棄却
出典 高裁民集2巻12号384頁/労働民例集2巻6号717頁/法曹新聞60号12頁
審級関係 一審/新潟地長岡支/   .  ./昭和25年(ワ)54号
評釈論文
判決理由 〔労災補償・労災保険-審査請求・行政訴訟-審査請求との関係、国家賠償法〕
 (四) よつて前記労働基準法第八十六条第二項の規定の趣旨は、叙上の如く、所轄労働基準監督署長の審査に対し、使用者から審査会に不服申立のなかつた場合においても、なおかつ、何等かの方法によつて、審査会の審査又は仲裁を経なければ、災害補償に関する民事訴訟を提起し得ないものと、解すべきや否やについて次に考える。
 (五) 労働基準法第八十五条及び第八十六条の規定によると、労働者の災害補償について、その業務上災害の認定、補償金額の決定その他補償の実施に関し、労使双方の間に紛争のある場合においては、当事者はその権益の保護を図るため直ちに民事訴訟を提起することは、暫くこれを避け、先ず監督行政官庁たる所轄労働基準監督署長の審査又は事件の仲裁を受け、これに対して不服のある者は、更に審査会に審査又は仲裁を請求し得るのであつて、該審査又は仲裁によつて当事者間で自発的に紛争を解決した場合の外、当事者は審査会の審査又は仲裁を経た後において、始めて災害補償についての民事訴訟を提起し得るものとせられている。
 かゝる規定の設けられた趣旨は、災害補償は、災害の犠牲となつた労働者若くはその遺族を救済せんとする制度の目的からみて、その実施に急を要するものがあるばかりでなく、その紛争の解決についても、常に労使関係の実体に接触して専門的知識を具えている関係行政機関をしてこれに当らしめることが望ましいところから、災害補償に関する紛争については、当事者をして直ちに民事訴訟によつてその権益の保護を図らしめることを暫く避け、先ず関係行政機関をして、その審査又は仲裁をなさしめ以て紛争の迅速適正なる解決を図らしめたものに外ならない。
 (六) しかるところ、労働基準法第八十六条第一項には、所轄労働基準監督署長の審査及び仲裁に不服ある者は、審査会の審査又は仲裁を請求し得る旨を規定しているのであつて、仮りに使用者が労働基準監督署長の審査又は仲裁に不満であつても、これに対して審査会に不服を申立て、その審査又は仲裁を請求しない限り、審査会自ら審査又は仲裁の手続を開始するに由なく、又労働者が労働基準監督署長の審査若くは仲裁に不服のない場合においては、労働者が自ら進んで審査会に審査又は仲裁を更に請求し得べきものでないことは、前示第八十六条第一項の規定に徴して明白であつて、かゝる場合においてもなおかつ前示第八十六条第二項の要件を充足せしめるためのみに、異議なき労働者をして更に審査会に審査又は仲裁を請求せしめんとすることについては、法令上の根拠を欠くものであるばかりでなく、かくては屋上屋を架するの弊に陥り、労働基準法が労働者の災害補償を迅速に実施せんとする目的にも背馳する結果となるものといわなければならない。
 (七) 叙上の如く解すると、労働者としては労働基準監督署長の審査又は仲裁に不服はなく、しかも使用者からも該審査若くは仲裁に対して審査会に敢て不服の申立をなさない場合においては、審査会が審査又は仲裁の手続を開始するに由なく、従つて前記第八十六条第二項において民事訴訟を提起するための前提要件として要請している審査会の審査又は仲裁を経べき機会は存しないのであるから、かゝる場合においても災害補償に関する民事訴訟を提起するには、審査会の審査若くは仲裁を経なければならないとすることは不合理である。
 (八) しかのみならず労働基準監督署長の審査又は仲裁に対し使用者から不服の申立がなく、従つて審査会の審査又は仲裁を経なかつた場合と雖も、災害補償に関する紛争について、既に労働基準監督署長の審査若くは仲裁があつた以上は、労働基準法が、当該紛争の解決に当つて、民事訴訟を提起するに先だち、先ず関係行政機関をして、紛争の適正かつ迅速なる解決をなさしめんとする目的は一応達成されているものと解すべきである。使用者にして該審査又は仲裁に不服あるときは、前述の如く、更に審査会に審査若くは仲裁の請求をなし得べきものであるに拘らず、使用者が自らかゝる救済の機会を利用せずして終つたことについては、その結果は使用者自らの甘受すべきところである。
 (九) 以上の説明から考えると、労働基準法第八十六条第二項の規定は、災害補償に関する紛争について、いかなる場合においても、審査会の審査又は仲裁を経なければ、民事訴訟を提起し得ないものとする趣旨ではなく、同第二項は同条第一項の規定を承けて、労働基準監督署長の審査又は仲裁に不服ある者が審査会の審査又は仲裁を請求した場合に限つて、該審査若くは仲裁がなされた後において始めてよく災害補償に関する民事訴訟を提起し得るものとせられているのであつて、労働基準監督署長の審査又は仲裁に対し労使双方のいずれよりも、不服の申立がない場合においては、審査会の審査若くは仲裁を経るの要なく、直ちに民事訴訟を提起し得るものと解するのが相当である。
 (10) これを本件についてみるに、前示災害補償に関する長岡労働基準監督署長の査定に対しては被控訴人等においては亳も異議なく、使用者たる控訴人も本件口頭弁論の終局当時に至るまでの間に、該査定に対しこれを不服として審査会に審査又は仲裁を請求する措置に出でなかつたことは、前段説述の通りであるから、被控訴人等が審査会の審査又は仲裁を経ないで、本件災害補償に関する訴を提起したことは適法である。従つて本訴を不適法とする控訴人の主張は採用できない。