全 情 報

ID番号 05356
事件名 仮処分申請事件
いわゆる事件名 駐留軍労務者事件
争点
事案概要  軍に提出する積簡報告書に不実記載をしたこと等を理由とする解雇につき、権利濫用にあたらないとされた事例。
参照法条 労働基準法2章
体系項目 解雇(民事) / 解雇事由 / 勤務成績不良・勤務態度
解雇(民事) / 解雇権の濫用
裁判年月日 1955年8月23日
裁判所名 東京地
裁判形式 決定
事件番号 昭和29年 (ヨ) 4045 
裁判結果 申請却下
出典 労働民例集6巻5号569頁/時報64号27頁/訟務月報1巻6号43頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔解雇-解雇事由-勤務成績不良・勤務態度〕
〔解雇-解雇権の濫用〕
 (二) 申請人らは何ら解雇に値するような行為はなかつたのであるから、本件解雇は解雇権の濫用であると主張するので、被申請人が申請人らの解雇理由として主張するところを検討する。疏明によれば申請人Aは前記B船へのビールの積込作業に際し、ポステイングクラークとして検数員の作成した計算票の誤謬の有無を検討しこれを集計して積荷記録(ローデイングレコード)或は積荷報告書に記入し更にこれを軍発送状(A・S・D)に記載するものであつて、その数量が荷受報告書(その数量はA・S・Dに記載されている)の数量と甚しく相違するときはヘツドチエツカーと対策を協議すべき職責を有するものであるが、右積込作業の終了に当りその検数に従事した各検数員の作成した計算票を集計したところ右積込ビールの検数数量は総計八四、六一一箱と算出されたところが同申請人の手元にあつた上屋(倉庫)から荷受報告書(送り状)によるとB船に積込むべく上屋から積出されたビールの数量は七九、九一一箱と記載されていて右集計数量八四、六一一との間に四、七〇〇箱という甚しい差違があつたので、この相違を隠蔽するため計算票の累計数量が荷受報告書の数量に一致するように計算票の数字を作為的に変更することとし右検数の最後に従事した検数員C作成名義にかかる検数合計数量一四、七七九箱の記載ある計算票に「VOID」(「書き損じ」)と記入してこれを無効のものとしCから別に白紙の計算票用紙に署名をさせて受取り、これに申請人A自身において四千七百箱を減少した検数合計数量一〇、〇七九箱を記入しあたかもCの検数の結果が同票に記載の通りであるように作出し、かくして、同申請人は積荷に際し検数員の検数した総計数量は七九、九一一箱(これは荷受報告書の数量に符合する)であるという虚偽の数量を記載した集計票と積荷報告書を作成し、これを部隊に提出したものであること並に申請人Dはヘツドチエカーとして現場検数員の指揮監督に当り計算票の集計数と荷受報告書、積荷報告書軍発送状等に記載の各数量とを比較検討し検数事務が適正になされるように注意すべき職責を有するものであるが、申請人Aが前記計算票の書き直しをなした当日同申請人からその書き直しの報告を受けながら事態を充分調査せず漫然これを看過したことが認められる。右認定に反する疏明は採用しない。
 そうだとすれば、申請人等の右行動はその職務遂行に甚しく不誠意であつて、使用者である軍に対する著しい背信行為と断ぜざるを得ない。
 申請人Aは本件のように多数量の積込作業において多数の検数員が関与している場合であるから、その検数の結果にはとても正確を期し難いものであり且つ一旦船腹に積込まれた物品を再調査することは不可能であるので、同申請人が計算票の集計数と荷受報告書の数量との不一致を発見し各検数員について調査したところ、C検数員のみ自己の検数に自信がない旨回答したので同人の検数に誤りがあるものと信じてその数量を訂正したのであるから積荷報告書に故意に不実の数量を記入したものでないと主張する。
 なる程多数量の物品の積込作業において多数の検数員の関与している以上その検数に多少の誤謬を生ずることは無理からぬところであり、申請人等責任者に真実の積込数量と計算票の集計数とが一致するように検数の実施を要求することは困難を強いることになるといえるだろう。然しながら本件において申請人等が非難されている行動は右のように数量が一致するように検数の実施をしなかつたという点ではなく、C検数員の作成名義の計算票の数量を訂正して集計を算出した点にある。而して疏明によれば、Cの作成名義の計算票(乙第六号証の一)において同人の検数し記入したものはその下段五行位で数量三千余箇のものであるが、後に申請人Aが記入した計算票(乙第六号証の二)の数量は前記のように四千余箇を削減したものであるから、仮にCの検数に信を措けなかつたとしても、その訂正が甚しく不当のものであることは明瞭であり、従つてこのような申請人Aの措置は専ら荷受報告書に記載の数量が現実の積込数量に一致するものであることを軽々しく予断し、検数員の検数を理由なく無視したことに帰着する。本件のように両者の数量が甚しく相違するときは特段の事由のない限り申請人等としては積荷報告書に計算票の集計数をそのまま記載すると共にその旨軍関係者に報告しその対策を講ずべきは契約上の信義に照し当然であつて、その煩を避け理由なく計算票を訂正して両者の数量を作為的に一致させ、事態を糊塗しようとしたところに申請人Aの甚しい職務上の義務違反が存し申請人Dにおいてその報告を受けながらこれを看過した点に著しい職務の懈怠が存するのである。
 次に申請人らは本件のような場合に関する従来の取扱は始末書を提出させるか、或は、一週間程度の出勤停止の処分をなすに止まりこれが長期間行われ慣習による就業規則又は職場規律となつていたものであり解雇処分をなした事例は存しないから本件解雇は甚しく苛酷且不当であると主張する。しかし、本件と同程度の職務義務違反につき従来の取扱上常にその主張の如き処分にとどまつていたということ及びその主張のような慣行による職場規律についてはその疏明十分でないもつとも本件のように一回の職務懈怠によつて解雇されるのは、申請人等の被る経済上その他の打撃を考えるとき同情できないではない。
 然しながら駐留軍労務者は米国軍隊に労務を提供する以上軍隊における厳重な規律に従うべきであり高度の信頼を要請されているものであるから、本件のような職務懈怠によつて信頼関係が破られ、これによつて解雇の挙に出られてもやむを得ないものというべくこの解雇を目して苛酷不当又は信義違反の故に解雇権の濫用であるものということはできない。