全 情 報

ID番号 05399
事件名 損害賠償等請求控訴事件
いわゆる事件名 原口鉱業事件
争点
事案概要  坑内労働者が坑内に突出した炭酸ガスのため負傷したことを理由とする損害賠償請求につき、使用者には過失がなかったとして不法行為の成立が否定された事例。
参照法条 民法709条
体系項目 労災補償・労災保険 / 損害賠償等との関係 / 労災保険と損害賠償
裁判年月日 1964年10月26日
裁判所名 福岡高
裁判形式 判決
事件番号 昭和35年 (ネ) 706 
裁判結果 棄却
出典 下級民集15巻10号2528頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔労災補償・労災保険-損害賠償等との関係-労災保険と損害賠償〕
 よつて、先づ控訴人が右事故につき被控訴会社に不法行為上の責任ありとする点 (一)につき検討する。石炭鉱業権者たる被控訴会社が本件炭坑において採掘事業を実施するにつき控訴人の主張する保安上の義務があることはいうまでもないが、被控訴会社が坑内保安上採掘を禁止されているに拘らず、これに違反し、また鉱山保安法規を無視し法令の要求する施業案によらず本件採掘現場がガス蓄積のおそれが多い旧坑より五〇米以内の個所であるのに先進ボーリングとの他ガス突出防止に関する措置を構ぜず慢然発破作業をなした、その控訴人主張事実についてはこれに副うかの如き当審証人Aの証言原審並に当審における控訴人本人尋問の結果は、後記認定の各証拠と対比して信用し難く、他にかかる主張事実を確認すべき証左はない。
 〔中略〕
 上嘉穂炭坑天神坑は保安炭として埋蔵量の六〇パーセント以上の採炭を禁止されていたが、それは炭層から地表までが浅く、かつ地上に家屋があるところから鉱害の発生を防止するためであつて坑内保安とは関係のない措置であつた。そして天神坑は坑内ガスが極めて少い為乙種炭坑に指定され、坑内におけるカンテラの使用も許されていたので、平素は坑内ガス検定の結果も零の状態であり、かつ鉱区内に古洞は存在しないものとされていたので同坑の保安係員も坑内ガスの発生については一般にその懸念なきものと考えていた。しかるに、昭和二六年九月三日同坑B片の採掘中出水災害が発生し、調査の結果、鉱区の北方および東方区域の鉱区線に隣接した古洞および侵掘により自鉱区内に入つた古洞の存在が確認されたので監督官庁の要請もあつて爾後古洞内の溜水が流出することに因る出水災害を防止する目的でその頃既存の施業案中に被控訴会社において右鉱区線より一〇米の保安炭壁を設けるほか各卸片磐の掘進に際しては、一〇米以上の先進ボーリングを行ない古洞の有無を調査し、安全性を確認の上作業することを義務づける項目を追加し、監督官庁の認可を得てこれに基き操業するに至つた。
 しかし昭和二六年に発生した出水事故により確認された前記古洞は本件事故の発生した採掘現場とはその方向を異にし、右施業案添付の図面によるも、右採掘現場並にその附近は古洞よりの出水事故防止の為の先進ボーリング施行地域に包含されておらず、したがつて天神坑右C片の本件採掘現場附近には古洞は存在しないものと信じられており、かつ一般に出水事故防止の為の先進ボーリングはガス事故防止の目的をもつてする場合とは実施の方法、程度を異にし掘進に際し坑道の延長線に沿つてする外必要があればその他の方向に対してすれば足るものであつて、採掘の段階においてまでこれを実施する必要がなかつた為、仮りに被控訴会社において前記追加施業案どおり天神坑において先進ボーリングを実施したとしてもこれによつては、本件事故の一原因となつた古洞の存在を発見することは先ず不可能とみられる関係にあつたばかりでなく、被控訴会社は右施業案に基いて現実に先進ボーリングを施行したが、これを発見するに至らず、本件事故は前記のとおり坑内夫Dが本件採炭現場において発破作業を行つた際炭壁の崩壊に因り従来その存在を予想しなかつた古洞に通じた為偶然に生じた不運かつ不幸な事故であるというのほかはないことを認め得る。その他被控訴会社において相当の注意をすれば右古洞の存在を確知し得たとの事実を認むべき立証はないから、該古洞に因るガス突出防止につき被控訴会社に控訴人の主張する過失があつた事実は結局これを否定するのほかはない。