全 情 報

ID番号 05400
事件名 仮処分申請事件
いわゆる事件名 丸住製紙事件
争点
事案概要  訓戒、懲戒数回に及ぶもなお改悛の見込なき者としてなされた懲戒解雇につき、いまだそこまで達していないとされた事例。
 休日出勤の業務命令につき、出勤するかしないかを確答しないまま、結局出勤しなかったことを理由とする懲戒解雇につき、いまだ懲戒解雇理由に該当しないとされた事例。
 刑法上の犯罪による有罪判決を理由とする懲戒解雇につき、重きに失し無効とされた事例。
参照法条 労働基準法89条1項9号
体系項目 懲戒・懲戒解雇 / 懲戒事由 / 業務妨害
懲戒・懲戒解雇 / 懲戒事由 / 有罪判決
裁判年月日 1964年10月28日
裁判所名 松山地西条支
裁判形式 判決
事件番号 昭和38年 (ヨ) 47 
裁判結果 申請認容
出典 労働民例集15巻5号1162頁
審級関係 控訴審/01759/高松高/昭46. 2.25/昭和39年(ネ)305号
評釈論文 林迪広・法政研究31巻5・6合併号239頁
判決理由 〔懲戒・懲戒解雇-懲戒事由-業務妨害〕
 次に懲戒訓戒の回数はともかく、申請人X1が「改悛の見込なき者」といえるであろうか。およそ懲戒解雇なるものは従業員に不名誉の烙印を押して企業よりこれを排除するものであるから、その解釈運用は慎重でなければならないが、特に「改悛の見込」があるかどうかは程度問題であり、又誠実責任感といつたような従業員の人格面に対する評価の問題が含まれており見る人の主観により差違を生ずる虞もあるので、経営者の好悪などにより左右されることのないよう一層慎重でなければならず、懲戒訓戒が何回も行われるにかかわらず同じような就業規則違反を性こりもなく繰返すといつたような、客観的にみても解雇を相当とする事由が認められる場合にはじめてその処分を行うべきものである。若しそれ程はつきりした事由もなく、経営者の主観によつて「改悛の見込なし」と断定し、処分を行うことができるとなれば従業員の雇傭契約上の権利を不当に害する虞があり妥当でない。今この見地に立つて本件をみるときは、〔中略〕未だ「改悛の見込なき者」といい得る程度には達していないものというべきである。
 〔中略〕
 しかし申請人X1は昭和三七年八月一五日の特定休日の出勤を口頭で命ぜられ、多分出勤できまいと思う旨答え、その理由を問われても曖昧な返事しかせず、結局出勤するかしないかを確定しないまま翌日の特定休日に出勤しなかつた、というだけであるから、業務上の指示命令に「反抗した」とまではいえないのであり、又申請人X1本人尋問の結果によると、右特定休日の出勤命令は、申請人X1の外A、B、C、D、Eの五名に対し為されたが、
 〔中略〕
申請人X1が出勤命令を受けた他の者と共謀し、或はこれを教唆してそのような事態を惹起したとの疎明がないかぎり(かかる疎明はない)、未だ申請人X1の行為により予定の作業ができなかつたとはいえないものというべきである。いずれにしても申請人X1の特定休日出勤拒否の件は就業規則第八二条第四号に該当しないものである。
〔懲戒・懲戒解雇-懲戒事由-有罪判決〕
 申請人X2は、右事実が就業規則第八二条第二〇号「刑法その他の法令に規定する犯罪に該当する行為のあつた者」に該当するとして本件懲戒解雇の言渡を受けたものであるからその当否を考えるに、同申請人の前記行為が形式上右規定に該当することは疑いがない。然し、前記のように懲戒解雇はその従業員を失職させるばかりでなく、これに不名誉の烙印を押し、その者が他の企業に雇傭されるについてもその経歴がついて廻り不利益を受ける虞があるなど、重大な結果を招来するものであるから、刑法その他の法令に規定する犯罪に該当する行為があつた場合でも事案の軽重、情状の如何を問わず常に懲戒解雇をなすことができ、それをなすか否かは一にかかつて被申請会社の自由裁量に任されていると解すべきではなく、被申請会社としては事案の性質、軽重に鑑みて客観的に解雇が相当と認められる場合にのみ懲戒解雇の処分を行い得るものと解すべきである。
 〔中略〕
 その不当なることは明白である。そうして犯罪行為が懲戒解雇に価いする場合としては、懲戒解雇の目的に照し、当該犯罪が職務に関連性を有するが故に会社との雇傭契約上の信頼関係が破壊されたものと評価すべき場合、犯罪の性質、態様によつて会社の名誉、体面が著しく傷つけられ若しくは職場の秩序がみだされたと認むべき場合等をあげることができる。
 〔中略〕
 被申請会社の就業規則第八〇条は懲戒の種類を規定し、その第五頃には「懲戒に該当する行為があつた者でも、反則軽微であるか又は情状酌量の余地があり、或は改悛の情明かであると認めた場合には訓戒に止めることがある。」と規定され、又懲戒解雇に関する第八二条但書には、「但し情状により出勤停止又は減給に止めることがある」と規定されているのであるが、これ等の規定は右趣旨によつてこれを解釈運用すべく、その適用を相当とする情状があるにかかわらず、これを適用せず、あえて懲戒解雇を行う自由はないものと解すべきである。そこで申請人X2の行為を考えるに、なるほど罪もない子供を理由もなく殴打したことは一応悪質というべきであるが、〔中略〕同申請人の性格や日頃の勤務熊度について〔中略〕性質、行動が粗暴であるという事実は全くなく、むしろ温和な人物であるというのが殆んど一致した証言である。
 〔中略〕
 してみると、申請人X2に対し右暴行を理由として懲戒処分なすことが必要であつたとしても、同人に対しては就業規則第八二条但書を適用して出勤停止又は減給の軽い処分をなすべきであつて、直ちに懲戒解雇に処したことは誤りであつたと云わざるを得ず、従つて同申請人に対する本件解雇の言渡は無効であると一応判断すべきものである。
 〔中略〕
 そこで、右暴行等の事実が懲戒解雇の理由となり得るかどうかの点を考えるに、その行為自体は一見理不尽で粗暴極まるものの如く見えるけれども、それがなされた際の特殊な情況、特殊なふん囲気を考慮に入れるとあながちそうとばかりも云えない。
 〔中略〕
 本件申請人X3の暴行についても、〔中略〕強く責めるのは酷というものである。
 被申請人は暴行の相手方が申請人の上司であることを指摘して、同人の行為は雇傭の信頼関係を破壊したものであると主張するけれども、雇傭契約上の信頼関係は労使関係が平常の状態にある時を基準として考えるべきものであるところ、そもそも労働争議の間においては雇傭の信頼関係は一時的に後退し、双方の対立抗争の関係が表に現れていると云えるのであるから、争議中の行為をそのまま平常時の雇傭関係に持ち込むのは早計というものである。本件暴行が上司に加えられたものであつたというだけで、申請人X3と被申請会社の平常の雇傭状態における信頼関係が破壊されるに至つたとは直ちに首肯し難いところである。
 〔中略〕
 次に申請人X3が昭和一二年頃殺人罪によつて懲役五年の刑に服した前歴を有することは当事者間に争いがなく、同申請人が被申請会社に雇われる際右の前歴を秘匿していたことは同申請人において明らかに争わず、
 〔中略〕
同申請人は右事実は本件解雇の理由としてその当時被申請会社から明示されなかつたから、本件解雇の当否判断の資料となし得ない旨主張するが、前記のように、被申請会社就業規則の解釈上、犯罪行為たる事実があれば直ちに懲戒解雇をなし得るものではなく、それは諸般の事情によつて決すべきものなのであるから、前科の如きも一つの判断の資料として考慮に入れてよいことは疑いのないところである、然しながら、右前科は既に二〇年以上以前のことであり(刑法第三四条の二により既に刑の言渡は其効力を失つているものと思われる)、同申請人が被申請会社に雇傭されてからでも約一〇年を経過しており、その間同申請人が他に暴力犯罪を犯したという事実もないのであるから、右前科があるからといつて本件暴行事実が同申請人の粗暴な性格を現わすものとして特に重大視せねばならないものであるとも考えられない。又、前科のあることそれ自体として考えても、前記のような同申請人の仕事の性質及び前科の古さからいつて、雇傭関係の継続を困難ならしめるほどの事情とは認め難い。