全 情 報

ID番号 05533
事件名 配転命令効力停止仮処分申請事件
いわゆる事件名 チェース・マンハッタン銀行事件
争点
事案概要  東京と大阪に支店を置く米国銀行の大阪支店で採用手続きがとられた従業員について、経営合理化の一環として行われた東京支店への配転命令の効力が争われた事例。
参照法条 労働基準法2章
体系項目 配転・出向・転籍・派遣 / 配転命令の根拠
配転・出向・転籍・派遣 / 配転命令権の濫用
裁判年月日 1991年4月12日
裁判所名 大阪地
裁判形式 決定
事件番号 平成2年 (ヨ) 2698 
裁判結果 申請却下(抗告)
出典 タイムズ768号128頁/労経速報1427号17頁/労働判例588号6頁
審級関係
評釈論文 新谷真人・日本労働法学会誌79号180~187頁1992年5月/川口美貴・平成3年度重要判例解説〔ジュリスト臨時増刊1002〕204~206頁1992年6月/道幸哲也・法学セミナー37巻1号145頁1992年1月/名古道功・民商法雑誌108巻3号451~461頁1993年6月
判決理由 〔配転・出向・転籍・派遣-配転命令の根拠〕
 申請人らは、まず、いわゆる資格制度が導入される昭和五〇年四月までは大阪支店においては定期採用がなく、欠員が生じたときと増員時に随時人員を募集する不定期採用制度がとられていたところ、申請人X1及び同X2は資格制度導入後の採用であるが不定期採用者であり、それ以外の申請人らは、いずれもそれ以前の入行であって、トップマネージメントへの道は前提とされていなかったから、勤務場所も大阪支店に限定されていた旨主張する。しかし、いわゆる資格制度は、採用後における昇格等の人事考課のための資格区分制度にすぎず、この制度の導入により正規社員の採用制度がこれまでと根本的に異なることになったとはにわかに認めがたい。また、不定期採用者か定期採用者かの差によって、それぞれ適用される就業規則が異なるなどその労働条件に制度上の区別があるわけではなく、不定期採用者には一律にトップマネージメントへの道が前提とされていなかったとの申請人ら主張事実は、これを一応認めるに足りる疎明もない。したがって、申請人らは他の正規社員と同様いずれも在日支店の就業規則の適用を受け、被申請人との間でこれと同一内容の労働契約関係を成立させているというべきである(申請人らが右就業規則の適用を受けること自体は、申請人らもとくに争っていない。)そして、右就業規則は、被申請人にその判断に基づき従業員に対し勤務場所及び担当職務を変更する権限を与え、従業員はこれに従うべきことを定めており、被申請人がこれらの権限を行使するに際し当該従業員ないし組合の同意を得ることを義務付ける規定はない。申請人らは、配転に関する就業規則の定めに、転勤が行員の最大利益の為になされるとの文言があることを根拠に、同規定を、転勤が当該従業員の同意の下でなされ得ると解釈すべきである旨主張するが、右のとおり、同規定には転勤は銀行の判断により行われる旨が明記され、右判断が「行員並びに銀行双方の最大利益の為」(行員のみの最大利益のためではない。)という基準に従うべきものとしても、これ自体きわめて抽象的な規準であって、かかる文言のみを根拠に右規定を申請人ら主張のように解釈することは到底できない。そして、被申請人は、右就業規則に基づき、同一職場内での配転換えはもとより、実際にしばしば基地内支店を含む各支店間の配転を実施しており、その際、個々の従業員の個別的な同意がなければ配置換えないし配転を実施しない旨の労使慣行があったとする〈証拠〉の記載は信用できず、他にかかる労使慣行の存在を一応認めるに足りる疎明もない。
 また、申請人らは、大阪支店により現地採用された従業員であり、各自の採用の際の担当者の言動からして、いずれも勤務場所が大阪支店に限定された労働契約を締結した旨主張する。しかし、大阪支店に「現地採用」されたとはいっても、その内容は、その採用手続が大阪支店の担当者によりとられたというにすぎず、かかる従業員も、他の形態で採用された従業員と同様、その採用行為及びその後の処遇等についてはすべて中央人事部の承認、管理のもとに行われ、採用形態如何によってその後の担当職務、昇格等の労働条件が異なっていたわけでもない。したがって、大阪支店の担当者が採用手続をとった従業員のみについて、他の従業員と異なり勤務場所を大阪支店に限定する旨の労働契約を締結したというのは不合理であり、仮に申請人X3が当時の担当者から転勤はない旨の説明を受けていたとしても、これをもって被申請人が同申請人につき就業規則の配転条項の適用を特に除外し、勤務場所を大阪支店に限定する趣旨の労働契約を締結したとみることはできない。申請人X3以外の申請人らについては、そもそも面接の際に担当者が転勤の有無について触れなかったというにすぎない。また、申請人X4についても、職安の求人票記載の事業所名が大阪支店とされているものの、前記諸事情及び〈証拠〉の記載に照らすと、右求人票の記載のみを根拠に同申請人が勤務場所を大阪支店に限定する労働契約を締結したとはいえない。
 以上のとおり、申請人らと被申請人との労働契約は、いずれもその勤務場所を大阪支店に限定する趣旨の合意が含まれているものではないというべきであり、このほか、申請人らの入行前の経歴、担当職務歴及び東京支店において予定されている申請人らの職種等前記認定の諸事実にかんがみても、本件配転命令が申請人らと被申請人との間の労働契約に違反し無効であるということはできない。
〔配転・出向・転籍・派遣-配転命令権の濫用〕
 右のとおり、被申請人は、就業規則中の配転条項に基づき、一般的に申請人ら従業員に対し配転命令を行う権限を有するものであるが、もとよりこの権限の行使は無制限に許容されるものではなく、具体的事案において配転の業務上の必要性の程度とその配転によって労働者が被る不利益の程度とを比較衡量し、その他諸般の事情を考慮した上、業務上の必要性に比べて労働者の被る不利益ないし損害が著しく大きい場合には、当該配転命令は権利の濫用として無効になる場合があるというべきである。
 〔中略〕
 以上のとおり、本件配転命令は、申請人らに対しいずれも相当の不利益を及ぼすものであることは否定できないものの、被申請人が本件配転命令をするに至った業務上の必要性も前記のとおり、十分にこれを認めることができ、申請人らが被る右不利益は、いずれも右業務上の必要性を上回るまでには至っていないというべきである。
 なお、申請人らは、本件配転命令が申請人らにとって応じがたい無理な配転命令であって、これに応じないときは、特別退職プログラムに応じて退職することを強制されているから、本件配転命令は、実質的には指名による整理解雇に等しく、その効力の有無は、整理解雇の法理に照らして判断すべきところ、本件配転命令は、整理解雇の要件である希望退職募集の手続の履践及び組合との誠実な協議も尽くしておらず、権利の濫用であると主張する。しかし、本件配転命令が申請人らにとって客観的に全く応じがたいものといえないことは右2において述べたとおりであって、被申請人が特別退職プログラムを用意したのは、本件配転命令に応じるか、またはある程度有利な条件で退職するかを申請人らの自由な選択に委ねたものといえるから、本件配転命令を整理解雇と同視し、これを前提に本件においてその要件が満たされていないとする申請人らの右主張は、その前提において失当であり、採用できない。