全 情 報

ID番号 05656
事件名 損害賠償請求事件
いわゆる事件名 神戸製鋼所事件
争点
事案概要  ボイラーの清掃を請負っている会社の従業員がボイラーの清掃中にチッ素ガスにより死亡した事故につき遺族が発注者たる会社を相手どって損害賠償を請求した事例。
参照法条 民法709条
労働者災害補償保険法旧20条
民法722条2項
体系項目 労働契約(民事) / 労働契約上の権利義務 / 安全配慮(保護)義務・使用者の責任
労災補償・労災保険 / 損害賠償等との関係 / 労災保険と損害賠償
裁判年月日 1972年4月27日
裁判所名 神戸地
裁判形式 判決
事件番号 昭和43年 (ワ) 1381 
裁判結果 一部認容,一部棄却(控訴)
出典 時報677号90頁
審級関係
評釈論文 大竹秀達・月刊労働問題182号110頁
判決理由 〔労働契約-労働契約上の権利義務-安全配慮(保護)義務・使用者の責任〕
 被告会社は、1 六号ボイラーの前面に窒素供給用の配管が設置されてあったのであるから、これを他と識別するための表示、危険を表すための表示、その取扱いに関する注意書等の掲示等をし、又は、誰でも簡単に使用することができない状態にしておく等の措置をなすべきであったのにこれをなさずに放置しておいた、
 2 六号ボイラーの前面に、空気供給用の配管のほかに窒素供給用の配管があり、空気供給用の配管は適宜使用することを許していたのであるから、単に清掃すべきボイラーと期間を特定して請負わせるのみでなく、ボイラーの清掃をなす者に対して、これらの配管の種別、危険性、取扱いの方法等について教育をし、または注意をなすべきであったのにこれをしなかった、
 3 ボイラー内部における作業には、酸素の欠乏する場合のあることは常に予想されるので、その内部に立入るに先立って酸素濃度を測定し、又は有害でない空気を送る等して酸素の欠乏していないことを確認し、又は確認させたうえで立入らせるべきであったのにこれをしなかった、
 等の過失があったものというべく、単に一般的な安全内規を制定したり、安全教育をしたというのみでは、注意義務をつくしたものということはできず、本件死亡事故は、右過失によって生じたものであるから、被告会社は、これによって生じた原告らの後記損害について賠償すべき義務があるといわなければならない。〔中略〕
 前記認定のとおり、本件事故が、被告会社の過失によって発生したものであって、A会社の四名に窒素供給用の配管のあることについては何ら知らされていなかったために、知らずに、これにゴムホースを接続し使用したことをもって、被害者(A会社の四名)に過失があるということはできないから、本件は、過失相殺をすべきではない。
 なお、被告は、A会社の四名が共同作業の過程で、窒素供給用の配管にニップルを取付け、使用栓と元栓を開放したと主張するが、六号ボイラーの前面南端附近に空気供給用の配管があり、これは何時でも、許可なく使用しうる状態にあったのであるから、特別の事情のない限り、六号ボイラーの前面北端附近の窒素供給用の配管が使用し得ない状態にあるのに、わざわざ、どこからかニップルを探してもって来て取付け、その配管を元栓までたどって元栓を開放し、ゴムホースを接続し、使用栓を開放して使用するよりは、右空気供給用の配管を使用するのが普通であると考えられ、それなのに窒素供給用の配管を使用したということは、右窒素供給用の配管が直ちに使用しうる状態にあったと推認するのが相当であって、被告の主張は認められない。
〔労災補償・労災保険-損害賠償等との関係-労災保険と損害賠償〕
 労働者(本件の場合はその遺族)が、第三者の不法行為によって、第三者に対して損害賠償請求権を取得すると共に、同一の事由によって将来労働者災害補償保険法による保険給付(本件の場合は遺族補償年金)を受給することが確定した場合であっても、第三者に対する右損害賠償請求権を行使することを妨げられるものではない。同法により保険受給権者が政府から保険給付を受ければ、その給付の価額の限度で、補償を受けた者が第三者に対して有する損害賠償請求権は、政府に移転するから、保険受給権者は、第三者に対して、もはや損害賠償請求権を行使することはできず、他面、保険受給権者が、第三者から損害賠償を受けたときは、政府は、その価額の限度で災害補償の義務を免れるものである。
 この両者の関係は、相互補完の関係にあって被害者等の保護を全うしようとすると共に、二重の填補を排除することによって公正を帰しているものである。従って政府が第三者に対する損害賠償請求権を取得し、保険受給権者が損害賠償請求権を行使することができなくなるのは、政府が、現実に保険給付をして保険受給権者の損害の填補をなした場合に限られると解すべきである。
 そうすると、将来にわたって保険給付を受けることが確定しているとしても、これをもって損害を填補すべき現実の保険給付を受けたということはできないから、これによって政府が損害賠償請求権を取得したということはできず、従ってまた保険受給権者の第三者に対する損害賠償請求権が消滅するものでもなく、被告が主張するように、将来の給付額を損益相殺として損害額から控除することはできない。