全 情 報

ID番号 05689
事件名 障害等級決定取消請求控訴事件
いわゆる事件名 玉名労働基準監督署長事件
争点
事案概要  労災保険法の障害補償の障害等級の認定について、同一部位に一二級の一二に相当する神経障害と一〇級の一〇に相当する機能障害が併存している場合に、障害等級の繰上げをするかどうかが争われた事例。
参照法条 労働者災害補償保険法施行規則14条
体系項目 労災補償・労災保険 / 補償内容・保険給付 / 障害補償(給付)
裁判年月日 1978年8月17日
裁判所名 福岡高
裁判形式 判決
事件番号 昭和51年 (行コ) 6 
裁判結果 認容(上告)
出典 労働民例集29巻4号649頁/時報917号41頁/タイムズ372号130頁/訟務月報24巻11号2351頁
審級関係 上告審/05690/最高一小/昭55. 3.27/昭和53年(行ツ)142号
評釈論文 岩村正彦・ジュリスト711号155頁/保原喜志夫・判例評論254号20頁
判決理由 〔労災補償・労災保険-補償内容・保険給付-障害補償(給付)〕
 労災保険における障害補償給付は、労働者が業務上の災害によつて永久的なものとなるおそれのある身体障害を蒙つた場合において、そのために喪失した当該労働者の一般的な労働能力に対する公平な補償を目的とするものであるから、右労災施行規則第一四条第一ないし第五項の規定もかような障害補償制度の目的に照して合理的に解釈さるべきことは、いうをまたない。従つて、いわゆる併合繰上げによつて障害等級表が定める全体の序列と明らかに矛盾するに至る場合(例えば、同一部位に障害の系列を異にする二個以上の身体障害があるが、これを単純に繰上げれば、当該部位の欠損又はそのすべての機能喪失についての等級を上廻わる結果となるとき)や、障害観察のいかんによつては、障害等級表の二個以上の等級に該当するが、実際には、一個の身体障害しか存在しない場合には、労災施行規則第一四条第三項をそのまま適用することはできないもの、というべきである。そして、本件行政解釈は、「重い外傷又は疾病により器質的又は機能的障害を残す場合には、一般に患部に第一二級又は第一四級程度の疼痛等神経症状を伴うが、これを別個の障害としてとらえることなく、器質的又は機能的障害と神経症状のうち最も重い障害等級によること。」というのであるから、帰するところ、複数の観点からの評価が可能であるため、障害等級表上複数の系列の障害等級に該当することになるが、そのすべてを包括して一個の身体障害にあたるものと観念するのが相当である場合についての取扱いを示したものと解されるところ、当審証人Aの証言によれば、外傷又は疾病による器質又は機能障害が残存する場合には、それに伴つて障害等級表第一二級の一二又は第一四級の九に定める疼痛(知覚異常)等の神経症状が発現するのが常態であつて、少くとも医学的には、その全体を一個の病像として把握すべきものとされていることが認められるところ、かような原因結果の関係をなす器質又は機能障害と疼痛(知覚異常)等の神経症状についていわゆる併合繰上げをすることは、障害等級表が定める全体的な障害序列を乱すことにもなりかねないから、医学的な見地からはもちろん、前叙説示のごとき公平な補償を目的とした障害補償制度上の観点からしても、原因たる器質又は機能障害とそれに随伴して生じる疼痛(知覚異常)等の神経症状とは、両者を包括して一個の身体障害にあたるものと評価するのが相当である。そうであるならば、結局、労働者が外傷又は疾病によつて器質又は機能障害を残す場合について、通例それより派生する疼痛(知覚異常)等の、障害等級表第一二級の一二又は第一四級の九に該当する神経症状を随伴している場合には、障害等級表上複数の観点からの評価が可能ではあるが、これを包括して一個の身体障害としてとらえる結果、いわゆる併合繰上げを定めた労災施行規則第一四条第三項が適用される場合にあたらず、そのうちの最も重い障害等級(通常器質又は機能障害のそれがこれにあたることになろう。)をもつて評価すべきことになる。従つて、結局これと同旨にいでた本件行政解釈は、正当として是認することができる。
 もつとも、この点に関し、補助参加人は、右のように解釈した場合、器質又は機能障害から疼痛(知覚異常)等の神経症状が派生するのが常態だからといつて、常に両者が随伴するとはかぎらないから、疼痛(知覚異常)等の神経症状があつてもなくても、器質又は機能障害の同一等級をもつて評価されるという不合理な結果を招来する、と主張している。しかしながら、我国の現行障害補償制度は、僅かに一四等級の障害序列を定めるにとどまり、しかも、その各障害系列ごとにみれば、それぞれの系列ごとにすべての障害序列を掲げているわけではないから、同一の障害等級に属する身体障害であつても、その上限にあるものと下限にあるものとでは、それなりの不公平を甘受せざるをえない結果となつていることからすれば、補助参加人の右主張するところは、むしろ現行障害補償制度のかような不合理さに由来するものというべく、それがために、直ちに前叙説示するところを覆して、本件行政解釈のような場合にも、労災施行規則第一四条第三項を適用すべきものとするのは、相当でない。
 そこで、叙上説示したところに従つて、本件の場合について考察を加えるに、前叙二1ないし3で認定した事実関係によれば、被控訴人には、労災保険障害補償給付の対象となる後遺障害としては、障害等級表第一〇級の一〇に該当する「著しい機能障害」と同表一二級の一二に該当する「がん固な神経症状」とが残存しているところ、そのいずれもが、右膝関節部の同一部位に局在する身体障害であるうえ、前者は、同局部に存する著明な裂隙狭小化や大腿骨下端及び脛骨上端の骨梁並びに関節周辺の軟部組織の萎縮等の器質損傷によつて発現した機能制限であるのに対し、後者は、かような器質又は機能障害に由来して派生する、いわゆる運動痛(知覚異常)であることが明らかであるから、本件行政処分が、右両者を包括して一個の身体障害として評価し、重い前者の障害等級第一〇級の一〇に該当するものと判定したのは正当であつて、何ら違法の咎はない。