全 情 報

ID番号 05700
事件名 地位確認請求事件
いわゆる事件名 昭和郵便局事件
争点
事案概要  本態性高血圧の基礎疾病を有する郵便局副課長の夜勤従事中の脳出血による死亡につき、その遺族(妻)が国家公務員災害補償法による遺族補償を受ける地位にあることの確認を求めた事例。
参照法条 国家公務員災害補償法15条
体系項目 労災補償・労災保険 / 業務上・外認定 / 業務起因性
労災補償・労災保険 / 業務上・外認定 / 脳・心疾患等
裁判年月日 1989年10月6日
裁判所名 名古屋地
裁判形式 判決
事件番号 昭和57年 (ワ) 605 
裁判結果 認容(控訴)
出典 時報1362号135頁/タイムズ736号157頁/訟務月報36巻6号1031頁/労働判例550号65頁/法律新聞946号6頁
審級関係 控訴審/名古屋高/平 4. 3.17/平成1年(ネ)604号
評釈論文 竹内平、水野幹男・労働法律旬報1227号27~33頁1989年11月10日/田村眞・平成2年度主要民事判例解説〔判例タイムズ臨時増刊762〕360~361頁1991年9月/武井寛・労働法律旬報1240号21~29頁1990年5月25日
判決理由 〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-業務起因性〕
 原告は、亡Aの死亡は補償法一五条所定の「公務上死亡」した場合に該当する旨主張するところ、同条にいう「職員が公務上死亡」したときとは、職員が公務に起因する負傷または疾病に基づいて死亡した場合をいうのであり、右のような公務起因性が認められるためには公務と死亡との間に相当因果関係が存在することが必要である。そして、職員が既存の疾患を有し(以下「基礎疾患」という。)、これが原因または条件となって死亡した場合であっても、この理は同様であって、公務が基礎疾患を増悪させて死亡の時期を早めた場合または公務と基礎疾患が共働原因となって死亡の直接の原因となる疾病を発症させた場合において、公務と基礎疾患の増悪または公務と死亡の直接の原因となる疾病の発症との間に相当因果関係が認められる限り、公務と死亡との間に相当因果関係が肯定され、公務起因性が認められるものと言うべきである。また、公務とその他の要因が共働原因となって基礎疾患を増悪させ、それにより死亡するに至った場合にも、公務と基礎疾患の増悪との間に相当因果関係が存する限り、公務と死亡との間には相当因果関係が認められるものである。
 なお、相当因果関係が認められる場合であっても、当該職員が故意または重大な過失により、基礎疾患を発症させ、またはこれを増悪させるなど災害補償制度の趣旨に反する特段の事情が存する場合には、補償法一四条の趣旨に照らし、公務起因性は否定されるべきである。
〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-脳・心疾患等〕
 昭和郵便局郵便課副課長としての亡Aの職務は、前記のとおり、長時間、高密度の肉体的、精神的労働の継続、夜間労働など通常の健康状態の人間にとっても相当程度に肉体的、精神的負担の大きいものであったのであるから、本態性高血圧症の基礎疾患を有する亡Aにとっては、右疾患が安定した状態にあったものとしても、極めて肉体的、精神的負担の大きなものであり、従前の職務とは職種も労働時間、密度ともに隔たりのある新職場へ配転したことの精神的負担も重なって、亡Aに対する重大なストレスとなって襲い、本態性高血圧症増悪の有力な要因となったことは容易に認められるのである。このことは、亡Aの本態性高血圧症が急激に増悪した時期が昭和郵便局配転後約二か月経過したころであることからも裏付けられるのであり、右二か月間に亡治一の職務による負担、疲労は重大なストレスとなって蓄積し、本態性高血圧症の急激な増悪へと繋がったものである。〔中略〕
 他方、被告は、定期健康診断の結果及びハイリスク検査の結果を通じて亡Aの右症状を知りまたは知り得る立場にあったのであるから、亡Aの職務の同人に与える影響、これによる本態性高血圧症の増悪の結果については予見し得る立場にあったものであり、相当因果関係の判断にあたりこの点も考慮すべきところである。
 よって、亡Aの本態性高血圧症が昭和五二年一〇月以降急激に増悪したのは、亡Aの職務による肉体的、精神的負担、疲労が、本態性高血圧症の基礎疾患を有する同人にとってとりわけ重大なストレスを引き起こしたことに起因するものであり、本態性高血圧症に罹患しているという亡Aの特別の事情について被告は知りまたは知り得べき立場にあったものであるから、亡Aの職務と本態性高血圧症の増悪との間に相当因果関係を認めるのが相当である。〔中略〕
 右によれば、亡Aの本態性高血圧症の急激な増悪は同人の公務に起因するのであり、増悪して中等度ないし重症となった本態性高血圧症に罹患している亡Aにとって、前記認定の職務はますます重大なストレスを引き起こすことになるものである。亡Aが脳出血を発症させたのは、同人の本態性高血圧症の急激に増悪したこと及び同人の職務による負担、疲労が蓄積され、ストレスが頂点に達した時期に週休日もなく、疲労回復の機会を失ったまま従前通りの職務を継続し、直接的には発症の当日に前駆症状が現れながら職務を遂行継続したことによるものと認められるから、右職務による負担と本態性高血圧症が共働原因となり、相乗効果を起こして互いの寄与度を高めていき、ついに脳出血を発症させたものと推認するのが相当である。〔中略〕
 以上の検討の結果によれば、亡Aの昭和郵便局における職務と基礎疾患である本態性高血圧症の増悪との間には相当因果関係が認められ、右職務とこれにより増悪した本態性高血圧症が共働原因となって脳出血を発症させ、同人を死亡するに至らせたものであるから、同人の職務とその死亡との間には相当因果関係を認めるのが相当であり、亡Aが死亡したことについては災害補償制度の趣旨に反するような特段の事情も認められないから、亡Aの死亡には公務起因性が認められる。
 したがって、亡Aの死亡は補償法一五条所定の「職員が公務上死亡」した場合に該当するものであるから、原告は、亡Aの妻として同条に基づく遺族補償給付を受ける権利を有する地位にあることが認められる。