全 情 報

ID番号 05740
事件名 解雇無効確認等請求第一事件/地位確認等請求第二事件
いわゆる事件名 神戸製鋼所ほか事件
争点
事案概要  株式会社Yが寮管理業務を子会社であるA会社に業務委託し、寮勤務者を全員A会社に出向させるという形で雇用形態を変更させたことに関連して、右変更に基づいて三年間A会社で勤務していた労働者が、右出向の無効確認等を求めた事例。
参照法条 労働基準法2章
民法625条1項
体系項目 配転・出向・転籍・派遣 / 出向命令権の根拠
退職 / 合意解約
退職 / 退職願 / 退職願いの撤回
裁判年月日 1990年12月21日
裁判所名 東京地
裁判形式 判決
事件番号 平成2年 (ワ) 5267 15309 
裁判結果 一部却下,一部棄却
出典 労経速報1420号21頁/労働判例581号45頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔配転・出向・転籍・派遣-出向命令権の根拠〕
 原告は出向に同意したことはない旨主張するが、前記認定のとおり、出向命令後原告がこれに従って稼働してきたことは明白な事実である。
 原告に対して支払われ、原告がこれを異議なく受領していた出向一時金、出向手当について、原告は、金員は受領しているものの、出向一時金、出向手当としては受領していないとして、趣旨不明の金員として受領したかのごとく主張し、原告本人尋問においても「給料明細書には五万円という支給額の明細の記載がなかったから、出向一時金であるとは分からなかった」と供述するが、一方、出向後、長期間にわたって支給され、受領し続けてきた出向手当については「同じ給料明細書に記載はあったものの、注意して見なかったので出向手当名目であることは知らなかった」などと供述するところで、原告の主張が採用し得ないことはいうまでもない。
 そして、前記認定のとおり、被告株式会社Yが原告に出向を命じたのは、業務上の必要から、同被告就業規則、労使間の出向協定に基づいて、しかも、原告の同意を得てなされたものであり、寮勤務員全員が出向を命ぜられたもので、出向に際して原告が他の従業員と差別された事実はないことが認められ、また、この出向命令をもって権利の濫用であると解すべき特段の事情も、更に、出向によって原告の何らかの権利が違法に侵害されたと認めるに足りる具体的事実も、何ら主張、立証がなく、この出向命令には違法とすべき事由を見いだすことはできない。
〔退職-合意解約〕
 原告は、退職願を提出して退職を申し出て、承認されたものの、退職申し出撤回の時点では、退職辞令の交付がなく、諸手続も未了であったから、退職の効力は確定的には発生していないという前提で、右撤回は有効である旨主張するが、雇用契約は、使用者と被用者との間の合意解除により終了するのが原則であり、退職の始期付合意がなされた以上、これを無効とする事由のない限り当事者間の契約関係は右期限に終了したものと解するほかはない。そして当事者間の合意又は就業規則等によって何らかの効力要件が特別に明定されている場合はともかく、一般には、辞令の交付等の手続を経るまで退職の効力が発生しないものと解する余地はない。そして、本件においては、被告株式会社Y就業規則八六条に従業員が自己の都合により退職を申し出て承認されたときは退職とする旨明定されており、右のような特別の要件を必要と認むべき証拠は何もない。
〔退職-退職願-退職願いの撤回〕
 また、原告は、原告の退職申し出が「精神的苦痛による過労から提出されてしまった錯誤による意思表示である」として右意思表示の無効を主張するが、右主張自体が意思表示の無効原因に主張たり得るかの点は措き、本件全証拠を検討しても、原告の退職申し出の意思表示に要素の錯誤が認められないことは明らかであり、他にも無効事由となり得べき原因事実を認めることはできない。
 そして、一旦退職の合意が成立した以上、その申し込みを一方的に撤回しても何らの法的効果を生ずるものではなく、また、その相手方において右撤回に当然に応じなければならない義務が生ずるものでもない。仮に、退職の申し出とその撤回の申し出との時間的間隔が短かったとしても、そのことによって撤回を有効とすることはできない。
 したがって、原告と被告株式会社Yとの雇用契約は、既に終了したものと解するほかはない。