全 情 報

ID番号 05823
事件名 地位保全仮処分申請事件
いわゆる事件名 シーズン事件
争点
事案概要  レストラン従業員が、合意解約は成立していないとして、賃金の仮払い、地位保全の仮処分を請求した事例。
参照法条 労働基準法2章
労働基準法89条1項3号
体系項目 退職 / 合意解約
解雇(民事) / 解雇事由 / 勤務成績不良・勤務態度
裁判年月日 1991年11月8日
裁判所名 東京地
裁判形式 決定
事件番号 平成3年 (ヨ) 2273 
裁判結果 認容
出典 労働判例594号19頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔退職-合意解約〕
 債権者が退職の勧奨に反発を続けていたことは明らかであって、それにもかかわらず、債権者が、特段の決め手になるような同人事部長からの発言もないのに、極めて短時間の間に突然翻意して素直に自主退職を申し出るに至るというのは些か考えにくい面がある。そして、A人事部長の前記陳述によると、七月二二日には、同部長は、突然の退職勧告に動揺して興奮気味の債権者を余り刺激しないように努めていたことが窺われ、また、同月二四日には、同部長は、退職手続をするために店に赴きながら、債権者に退職届けを書かせるまでには至らなかったことが一応認められる。
 以上のような事情をもとにして、同部長の言わんとするところを検討すると、その陳述は、債権者の発言の趣旨を退職を認めた上でのものと受け取ったというにすぎないと解する余地が十分ある内容であり、同部長の陳述するところの債権者の具体的発言内容は、債権者を退職させたいとする債務者側の意向を撤回してほしいと考える債権者の発言の一端を捉えたものと解する余地があるといわざるを得ない。してみれば、債権者が、債務者から辞めさせられるという意識の下になした発言の中に、仮に退職を前提とするかのような部分があったとしても、債権者が確定的に退職を認め、その意思を表示したものとまではいえないものと解される。
 以上のとおりであるから、債務者の主張するように、債権者が退職勧奨によって自ら退職することを認め、そこに任意退職の合意が成立したと一応認めるには足りないものというべきである。
〔解雇-解雇事由-勤務成績不良・勤務態度〕
 A人事部長の陳述に表れているように、債務者としては、債権者の意思いかんにかかわらず、債権者を退職させようとまで考えていたものではないというのであるが、逆に、債権者の方が解雇の趣旨で退職を求められたと述べているので、念のため付言するに、仮に、右退職勧奨の中に債権者に対する解雇の意思表示が含まれていたと解したとしても、債務者が債権者に対して退職を勧慫した際に理由とした諸点は解雇を相当とするほどの特段の不都合な言動や手落ちであるとまではいえず、解雇の事由として必ずしも十分なものとはいえない。このことは、債権者の弁明に加えて、債権者の執務態度を直接知っていると考えられる他の従業員や接客指導者らの陳述書の内容が、「感情の縺れから先輩後輩の立場を忘れて衝突したものと思う」、「先輩の指導性にも問題があろうが、債権者の協調性のなさが問題と感じた」、「自己主張が強く、個性的という言い方もできるが、複数の者と仕事をしていくに当たって必要な協調性と同化力に若干欠けていると思った」、「Bとの言葉荒いやりとりが不愉快だった」、「勝ち気な性格が見受けられる」といったものになっていることを併せ考えると明らかであり、一方的に債権者に非があったと決め付けるには十分でなく、また、債務者の指摘するその他の点、すなわち接客上の問題点なるものには解雇事由と認め得るだけの十分な根拠がない。債権者とBとの折り合いの悪さの原因をみるに、前掲疎明関係によると、一方、債権者の側には、勝ち気な性格でもあり、また、自営を含めて接客業の経験も長く、料亭の仲居の経験もあることなどから、店の営業に資するものと思って種々進言するなどしたのに、採用早々出過ぎた言動をとるとしてBからむげに退けられるなどしたため、Bへの不満があって反発するなどしたことに一因があると一応認められるものの、他方、Bにも、店の九階の責任者であり、また、債権者より先任、かつ年配であったことから、当然債権者が譲るべきものと一概に考えて行動していた面が窺われ、一方的に債権者のみを責めることは相当でない。債権者とBとの衝突は、多分に感情的な問題にすぎなかったものと解すべく、これを上司の業務命令に対する違反とか上司に対する反抗といったものと目するに足りる疎明はなく、債権者はこのような面からの解雇事由も認められない。