全 情 報

ID番号 05848
事件名 年次有給休暇保有日数確認並びに未払い賃金請求事件
いわゆる事件名 三菱重工業事件
争点
事案概要  会社が労基法に基づき労使協定を締結して年次有給休暇の計画年休を実施したことに対して、その計画年休に反対する組合の組合員がそれを違法としてその効力を争った事例。
参照法条 労働基準法39条5項
体系項目 年休(民事) / 計画年休
裁判年月日 1992年3月26日
裁判所名 長崎地
裁判形式 判決
事件番号 平成1年 (ワ) 549 
裁判結果 一部却下,一部棄却
出典 労働民例集43巻2・3号477頁/時報1441号141頁/タイムズ806号159頁/労経速報1457号3頁/労働判例619号78頁
審級関係
評釈論文 坂本宗一・平成4年度主要民事判例解説〔判例タイムズ821〕316~317頁1993年9月/小宮文人・法学セミナー37巻10号133頁1992年10月/森戸英幸・日本労働法学会誌82号162~169頁1993年10月/青野覚・季刊労働法165号169~172頁1992年12月/長淵満男・判例評論413〔判例時報1455〕223~226頁1993年7月1日
判決理由 〔年休-計画年休〕
 昭和六二年の労基法の改正により同法三九条五項が新設され、労使協定に基づく計画年休制度が設けられた趣旨は、わが国における年休の取得率が、長期の休暇が普及し年休の完全取得が原則である欧米諸国と比べて極めて低い水準にとどまっていることに鑑み、労働者が事業の繁忙や職場の他の労働者への業務のしわよせ等を気兼ねすることなく年休を取得することを可能にすること、及び、休暇の本来の姿である連続・長期の年休の取得を可能にすることによって、年休の取得率を向上させ、労働時間の短縮と余暇の活用を推進しようとしたことにある。そこで、法は、労働者の個人的事由による取得のために一定の日数を留保しつつ、これを超える日数については、書面による労使協定に基づく計画的付与の制度を新設し、この計画的付与については、これに反対する労働者をも拘束する効果を認め、集団的統一的な取り扱いを許すことによって、労使協定による年休の計画的消化を促進しようとしたものであると解される。
 したがって、労基法上、労使協定による計画年休制度が新設されたことにより、年休日の特定を完全に労働者個人の権利としていた従来の建前は改められ、前記の個人的事由による取得のために留保された五日を超える日数については、個人的な特定方法に加えて、労働者と使用者の協議によって集団的統一的に特定を行う方法が認められるに至ったもので、一旦右労使協定により年休の取得時季が集団的統一的に特定されると、その日数について個々の労働者の時季指定権及び使用者の時季変更権は、共に、当然に排除され、その効果は、当該協定により適用対象とされた事業場の全労働者に及ぶと解すべきである。〔中略〕
 ところで、本件計画年休は、先にみたとおり過半数組合である重工労組との間で適法に締結された労使協定に基づくものであるところ、労基法が右のような過半数の労働者で組織する労働組合との協定による計画年休を定めたのは、労働組合と使用者との協議を経ることによって、当該事業場の労働者と使用者の実情に応じた適切な協定が定められることを期待してのことであり、反面、その協定に至る手続の公正さや内容的な合理性は、法所定の要件に反しない限り、原則としては、労働組合と使用者との自主的かつ対等な協議によって担保されるべきものとして、双方の協議にゆだねられたものと解するのが相当である。
 そうすると、本件計画年休が、その手続・内容において、原告らが主張するように、年休取得率向上など改正労基法の趣旨に沿わず不合理であったとしても、そのことのみによって本件計画年休の効力が左右されるものではない。
 しかしながら、一応は以上のようにいえても、本件のように、いわゆる過半数組合との協定による計画年休において、これに反対する労働組合があるような場合には、当該組合の各組合員を右協定に拘束することが著しく不合理となるような特別の事情が認められる場合や、右協定の内容自体が著しく不公正であって、これを少数者に及ぼすことが計画年休制度の趣旨を没却するといったような場合には、右計画年休による時季の集団的統一的特定の効果は、これらの者に及ばないと解すべき場合が考えられなくもない。
 そうすると、原告らが本件計画年休の違法・無効事由として具体的に主張している点は、右の限度においては、なお検討の余地があるというべきであるから、以下、それについて、右の観点から検討を加えることとする。
 まず、原告らは、本件協定締結当事者たる重工労組は、被告会社と計画年休協定を締結するに当たって、過半数組合としての公正代表義務を完全に放棄しているのであり、協定当事者が公正代表義務に違反する協定は手続上重大な瑕疵があり、無効である、と主張する。
 ところで、原告らの主張する公正代表義務の当否はともかく、労使協定によって、その対象となる全ての労働者が、一定日数の年休について時季指定権を失うことになるのであるから、労使協定を締結するに際しては、事前に、何らかの形で、全ての対象労働者にその内容を告知し、これに反対する労働者の意見を聴取するための手立てを講じておくことは、労基法の趣旨にも適うものであると考えられる。
 しかし、本件においては、前記のとおり、被告会社は、本件協定を締結するに際し、選定者らの属する長船労組との間でも、本件協定締結の前後十数回にわたり団交を行っており、以後各年度の計画年休労使協定の締結に際しても同様に団交において長船労組の意見を聴取しているところである。
 したがって、A労組と立場を異にするB労組が、本件協定の締結にあたって、A労組の意見を聴取せず、その立場や意見を代表しなかったとしても、前述のような計画年休制度の趣旨をも考慮すると、本件協定によって選定者らを拘束することが著しく不合理であるとは到底いえない。〔中略〕
 本件計画年休においては、産前・産後の不就業期間中の者や結婚・出産・忌引休暇を届け出た者など、主に労働者側の事情による適用解除も認められ(書証略)、現にこれらにより適用解除された者も存在する(書証略)ことや、業務上の必要については、一定の高度な必要性を要求しており、その運用においても、恣意的な取扱いがなされていることを窺わせる証拠もないことなどに照らすと、この点において本件計画年休が著しく不合理、不公正であるということはできない。