全 情 報

ID番号 05921
事件名 損害賠償請求事件
いわゆる事件名 防衛大パラシュート事故事件
争点
事案概要  防衛大一年生がパラシュート部における降下訓練中に水死した事故につき、国に安全配慮義務違反があるとして損害賠償の支払いが命ぜられた事例。
参照法条 民法415条
国家賠償法1条
体系項目 労働契約(民事) / 労働契約上の権利義務 / 安全配慮(保護)義務・使用者の責任
裁判年月日 1992年4月28日
裁判所名 東京地
裁判形式 判決
事件番号 昭和61年 (ワ) 9958 
裁判結果 一部認容,一部棄却(確定)
出典 時報1436号48頁/タイムズ796号107頁
審級関係
評釈論文 宮田和信・スポーツ事故の総合的研究―事故の判決例をめぐって132~135頁1995年10月
判決理由 〔労働契約-労働契約上の権利義務-安全配慮(保護)義務・使用者の責任〕
 三 被告の安全配慮義務について
 1 安全配慮義務一般について
 原告は、被告の責任原因として債務不履行としての安全配慮義務違反を主張し、右義務の根拠として原告と被告間における在学契約と雇用契約の混合した無名契約の存在を主張する。
 しかし、防衛大学校における学生の在学関係は、私立大学におけるように契約によって生じるものではなく、一般国立大学と同様に行政主体の行政処分(入学許可)により生ずる公法上の法律関係であると解するのが相当であるから、右原告の主張は採用しえない。
 しかしながら、国は防衛庁の機関として防衛大学校を設置し、これに学生を入学させることにより学生に対し施設等を供与し、防衛大学校規則に定めるような所定の教育訓練を施す義務並びに防衛庁職員給与法により学生手当及び期末手当を支払う義務を負い、他方学生は大学校において教育訓練を受けるという関係にあるのであるから、右両者は特別な社会的接触の関係に入ったというべきであり、学生は大学校から教育訓練の場を指定され、その供給する設備、器具等を用い、配置された職員の指導、監督のもとに教育訓練を受けるものであるから、大学校の設置者である国は、信義則上、学生に対し、教育訓練義務遂行のために設置すべき場所、施設及び器具の設置及び管理または学校職員の指導監督のもとに遂行する教育訓練の管理に当たって、学生の生命、身体及び健康等を危険から保護するように配慮すべき安全配慮義務を負うものと解すべきである。
 従って、本件事故当時、被告は、その設置する防衛大学校に在学していたAに対し、教育訓練の場(本件では、同校校友会の部活動としてのパラシュート部の月例降下で、右部活動の性格については以下で詳述する。)において生じる危険から同人の生命、身体、健康を保護し、その安全に配慮する義務を負っていたものである。
 2 校友会パラシュート部における安全配慮義務について
 Aが所属していたパラシュート部は、大学校校友会の運動部の一つであり、右部活動において本件事故は発生していることから、パラシュート部の部活動の性格が問題となる。
 前記二1のとおり、学生にとって、校友会の部活動は、どの部に入部するかの選択が任せられていること、年間の活動計画を自主的に企画していることなど主体性が認められている面もあるが、他方、大学校から必ず部等に加入すること及び同一部等に少なくとも六カ月以上連続して加入することを奨励され、特に低学年の間は、基礎的体力練成のため体育関係の部へ加入するように指導されており、実際そのような運用がなされている点を考慮すると一般の大学校の課外クラブ活動とは若干異なった面を有することは否定できない。
 しかも、大学校が将来の幹部自衛官となるべきものを教育訓練するという明確な目的のために設置されている点に照らし、大学校は、正課の教育訓練過程はもちろん学生舎生活及び校友会活動を含めた生活そのものを教育の場ととらえ、校友会活動も教育の重要な一環と捉えていると認められる。右のことは、Aが入校したときの訓練部長講話において大学校教育の三本柱の一つとして校友会活動を強調していること、校友会の組織において、各機関の構成員の任命権について、大学校校長である校友会会長が掌握していること等にも窺われる。
 以上の点を考慮すると、大学校は正課の教育訓練についてのみならず、校友会の部活動についても教育的立場からこれを規律し、管理する権限を有し、その管理、教育権限に対応する範囲内で校友会の部に所属する学生の身体、生命について安全配慮義務を負うものというべきである。
 しかも、校友会のパラシュート部については、その部活動の訓練の危険性に照らし、右安全配慮義務は具体的に現れるといわなければならない。
 すなわち、前記二2のとおり、パラシュート降下が、相当高度のある航空機から空中に降下するものであって、降下場の地形的状況、風向、風速等の気象条件の影響を受け易いため、操縦を誤れば、ターゲットから大きく外れて着地する危険や着地時点で前進スピードが相当ついているため着地の衝撃が大きくなる危険その他パラシュートが開傘しない等の危険を内包していること、したがってパラシュート部においては、安全に降下するための訓練として年間計画が周到にたてられているうえ、実際の降下の指導監督にあたっている部長、顧問等については降下歴の多いパラシュート降下のベテランで、実質的に指導監督能力のある者が選任されていることを考えると、大学校としては、物的施設及び人員配置を整備充実したうえ、部長、顧問等を通じて学生に対してパラシュート降下の安全確保に対する注意を喚起するための指導助言をなすことだけで安全配慮義務の履行として足りるものではなく、パラシュート部の日常的な部活動の場において個々の危険から学生を保護するため具体的状況に応じた方策を講じる等具体的な指導監督を行い、もって、学生の生命及び健康等を危険から保護するように配慮すべき義務があるものというべきである。