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ID番号 06026
事件名 損害賠償請求事件
いわゆる事件名 改進社事件
争点
事案概要  短期在留資格で来日し、在留期間経過後に製本機に右手示指をはさまれるという労災にあったパキスタン国籍の外国人が、使用者を相手として右労災によってこうむった損害の賠償を求めた事例。
参照法条 労働基準法2章
民法415条
法例7条1項
法例11条1項
民法709条
体系項目 労働契約(民事) / 労働契約上の権利義務 / 安全配慮(保護)義務・使用者の責任
裁判年月日 1992年9月24日
裁判所名 東京地
裁判形式 判決
事件番号 平成2年 (ワ) 7987 
平成3年 (ワ) 15639 
裁判結果 一部棄却・認容(控訴)
出典 時報1439号131頁/タイムズ806号181頁/労働判例618号15頁/労経速報1487号3頁
審級関係
評釈論文 米津孝司・民商法雑誌109巻3号128~135頁1993年12月/米津孝司・労働判例百選<第6版>〔別冊ジュリスト134〕262~263頁1995年5月/野川忍・ジュリスト1053号120~123頁1994年10月1日
判決理由 〔労働契約-労働契約上の権利義務-安全配慮(保護)義務・使用者の責任〕
 右認定の事実によれば、本件製本機は、製本するパンフレット等をセットする際、平綴じ作業においては、本件枠に合せる形で行うため、作業者の手は降下部分の手前にあって挟まれる危険性は少ないといえるが、中綴じ作業においては、本件台の端の角に引っ掛けるというにすぎず、場合により、正確にセットするには手でパンフレット等の折り目部分を直接押さえることも必要になり、中綴じ作業に慣れない者が作業する場合には、降下部分に手指を挟まれる危険性があるものということができる。そして、前記認定のとおり、原告は、本件製本機を用いて中綴じ作業を行うのは本件事故当日が初めてであり、しかも本件製本機には安全装置はついていなかったのであるから、少なくとも、雇用者である被告会社は、被用者である原告に対し、安全配慮義務の内容として、中綴じ作業の場合の右の危険性について具体的に注意を行い、更に自ら作業を実践するなどして安全な作業方法を教育すべきであったというべきところ、被告会社がこれを怠っていたことは前記認定の事実より明らかであり、その結果本件事故が発生したものと認められるから、被告会社は、原告に対し、民法四一五条により、本件事故によって原告が被った損害を賠償すべき責任がある。
 また、前記認定の事実によれば、被告会社は被告Yの個人企業ともいうべきものであり、被告Yは、同会社の工場内で原告ら被用者とともに稼働し、事実上その指揮監督にあたってきた者であるから、原告に対し本件製本機を用いての中綴じ作業を命じるにあたっては、前記被告会社に対するものと同様の注意義務が一般不法行為法上の義務として課せられていたものというべきところ、被告Yはこれを怠り、その結果本件事故が発生したものと認められるから、民法七〇九条により、本件事故により原告が被った損害を賠償すべき責任がある。〔中略〕
 1 休業損害   金一二万〇四二八円 《証拠略》によれば、原告は、短期在留資格で在留することのできる期間が経過した後も日本国内に留り、被告会社で稼働して本件事故前三か月間(実稼働日数七一日)に合計金五三万四四〇〇円の賃金の支払を受けていたところ、平成二年三月三〇日午後四時ころ本件事故に被災し、翌日から同年四月一九日までの間、被告会社へは行かず、東京都江東区(略)所在のA外科病院に日躍日を除きほぼ毎日通院して治療を受けていた(その後同月三〇日までに更に三回通院し、その最終日に傷口が治癒した旨の診断を受けた。)が、四月一九日からは、東京都江東区(略)所在の被告会社と同様の製本会社である有限会社B(以下「B」という。)で働くようになり、同年八月二三日までの間(実日数は少なくとも八九日)、一日当たり八〇〇〇円ないし九〇〇〇円の賃金で紙の整理等の仕事に従事していたことが認められる。したがって、原告の休業損害は、本件事故前の実収入額の一日当たりの金額を基礎として、本件事故日の翌日である平成二年三月三一日からBへの就労開始日の前日である同年四月一八日までのうち、日躍日を除く一六日間分について認めるのが相当であり、これを算定すると次のとおり金一二万〇四二八円となる(一円未満切捨て)。
 534,400÷71×16=120,428.169
 なお、本件事故以前に原告が被告会社から受けていた賃金と同様、右に認定した休業期間の得べかりし利益も、入管法違反の残留及び就労(同法一九条一項二号、七〇条四号、同条五号)に基づき得られたであろうものではあるが、製本作業という就労内容自体は何ら問題のない労働であって、しかも入国自体が強度の違法性を有する密入国のような場合とは異なるから、いまだ公序良俗に反するものであるということはできず、したがって、原告に休業損害が発生すること及びその額が実額をもとに算定されるべきことは不合理ではない。
 2 後遺障害による逸失利益金二二二万二六二二円
 原告が本件事故により右手ひとさし指の末節を切断したことは当事者間に争いがなく、この事実に前記認定の通院治療の経過等を併せて考えれば、原告の症状は平成二年四月三〇日に固定し、右同内容の後遺障害(以下「本件後遺障害」という。)が残ったものと認められる。〔中略〕
 右の本件後遺障害による逸失利益の算定に関し、原告は、基礎とするべき収入額は、【1】 外国人であっても日本国内で事故に遭った場合には、日本国内の日本人労働者と同様の数値を用いるのは平等原則(憲法一四条)に資すること、【2】 仮に原告が将来日本から出国することを前提に算定するとしても、パキスタン人は外国に出稼ぎに出る者が多く、原告も、更に第三国に行き、日本で得ていた収入額を上回る収入を得ていたであろうこと等から、本件事故前に被告会社から受けていた実収入額を終身に渡って用いるべきである旨主張する。しかしながら、右【1】については、加害者が被害者に対し賠償すべき損害としての逸失利益は、事故と相当因果関係のある範囲内で、事故に遭わなければ得られたであろう利益と事故後に得られるであろう利益との差額であると解すべきであるところ、基礎収入額にいかなる数値を用いるかは右の事実認定の問題であって、被害者が外国人であるかどうかは問題ではなく、当該被害者の将来の収入額についての立証の有無の問題なのであり、その判断に当たっては、当該被害者の将来にわたっての就労の場所、内容、その継続性等が重要な要素となるものというべきであるし、また右【2】については、これを認めるに足りる証拠がなく、原告の右各主張はいずれも採用することができない。