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ID番号 06032
事件名 損害賠償請求事件
いわゆる事件名 ケイズインターナショナル事件
争点
事案概要  室内装飾等を目的とする会社に入社した労働者が突然退社したことにより損害を被った会社が、右の元社員との間で合意したとする二〇〇万円の損害賠償の支払を求めた事例。
参照法条 民法627条1項
労働基準法2章
体系項目 労働契約(民事) / 労働契約上の権利義務 / 債務の本旨に従った労務の提供
退職 / 任意退職
裁判年月日 1992年9月30日
裁判所名 東京地
裁判形式 判決
事件番号 平成3年 (ワ) 5341 
裁判結果 一部認容・確定
出典 タイムズ823号208頁/労働判例616号10頁/労経速報1484号21頁
審級関係
評釈論文 藤川久昭・ジュリスト1069号150~152頁1995年6月15日
判決理由 〔労働契約-労働契約上の権利義務-債務の本旨に従った労務の提供〕
〔退職-任意退職〕
 2(一) 被告が、原告に対し、右損害に関し二〇〇万円を支払うことを約束したことは当事者間に争いがない(なお、原告代表者及び被告本人各尋問の結果を総合すれば、その時期は、平成二年七月ころと認められる。)。
 (二) 被告は、右意思表示は、原告代表者の強迫に基づくものであると主張する。
 しかし、右主張に副う被告本人の供述及び〈書証番号略〉の各供述記載部分は到底措信できない。
 すなわち、原告代表者及び被告本人各尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すれば、原告代表者が被告に対し、前記損害につきそれなりに強硬な態度でその賠償を求めたであろうことは想像に難くないところである。しかし、右各証拠によれば、被告は三六歳の男性であるのに対し、原告代表者は同年齢の女性であり、しかも、右損害賠償についての交渉は、原告代表者からの求めに応じて、被告が原告の事務所に赴き、夜の七時三〇分ころ、原告代表者の他に女子職員一名が同室している状況で行なわれ、被告が抵抗したり退席しようとすればさほどの困難なしに実行可能な状況であったことが認められる。また、被告は、原告がやくざと関係があると思っていたから、それを畏れて確約書(〈書証番号略〉)を作成したとも供述するが、原告ないし原告代表者がやくざと関係がある事実を認めるに足りる客観的な証拠は全く存しない(被告に右話をしたと被告が供述するAも、当法廷において、それに副う証言は全くしていない。)。
 したがって、被告の前記供述から被告主張事実を認めることはできない。
 3(一) ところで、前記認定のとおり、原告は一〇〇〇万円余の得べかりし利益を失ったことになるものの、被告に対する給与あるいはその余の経費を差し引けば実損害はそれほど多額なものではないと認められる。
 また、原告代表者及び被告本人各尋問の結果によれば、原告は、被告を採用し、原告の直接の監督の及ばない訴外会社との前記契約に基づく仕事を単独で担当させるにもかかわらず、被告の人物、能力等につき、ほとんど調査することなく、紹介者の言を信じたにすぎなかったことが認められるから、原告には採用、労務管理に関し、欠ける点があったと言わざるを得ない。
 さらに、そもそも、期間の定めのない雇用契約においては、労働者は、一定の期間をおきさえすれば、何時でも自由に解約できるものと規定されているところ(民法六二七条参照)、本件において、被告は原告に対して、遅くとも平成二年六月一〇日ころまでには、辞職の意思表示をしたものと認められないではないから(そうすると、月給制と認められる本件にあっては、平成二年一月一日以降について解約の効果が生ずることになる。)、原告が被告に対し、雇用契約上の債務不履行としてその責任を追及できるのは、平成二年六月四日から同月三〇日までの損害にすぎないことになる。
 さらにはまた、労働者に損害賠償義務を課すことは今日の経済事情に適するか疑問がないではなく、労働者は右期間中の賃金請求権を失うことによってその損害の賠償に見合う出捐をしたものと解する余地もある。
 (二) 以上のような点を考え合わせれば、本件においては、信義則を適用して、原告の請求することのできる賠償額を限定することが相当である。
 そして、前記のような諸事情及び〈書証番号略〉及び弁論の全趣旨により認められる、被告は本件雇用契約に基づき原告から給与等の支払を全く受けていないこと、原告が本訴を提起するにいたった重要な要因として、被告側からの前記のとおりの客観的裏付を欠く、原告代表者が被告を「やくざを使って腕の一本や二本も折ってもどうってことはない」等語気荒く強迫して前記確約書を書かせた、これは恐喝罪に当たる等と極め付ける内容の内容証明郵便を送付したことにあると考えられること、本訴においても、被告側は原告に対して右同様の非難を繰り返すのみで、その主張につき十分な立証ができないにもかかわらず、かたくなに話し合いによる解決を拒絶していること等をも総合考慮すると、原告が被告に対して請求することができるのは、本件約定の二〇〇万円のおおよそ三分の一の七〇万円及びこれに対する弁済期の経過後である本件訴状送達の日の翌日である平成三年五月一九日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金に限定するのが相当である。