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ID番号 06119
事件名 損害賠償請求/反訴請求事件
いわゆる事件名 ラクソン等事件
争点
事案概要  従業員の引き抜き行為につき、引き抜きをした競業企業と元営業本部長に対する不法行為による損害賠償請求が認容された事例。
参照法条 労働基準法2章
民法1条2項
民法415条
民法709条
体系項目 労働契約(民事) / 労働契約上の権利義務 / 信義則上の義務・忠実義務
裁判年月日 1991年2月25日
裁判所名 東京地
裁判形式 判決
事件番号 昭和62年 (ワ) 5470 
昭和62年 (ワ) 12499 
裁判結果 一部認容
出典 時報1399号69頁/タイムズ766号247頁/労働判例588号74頁/労経速報1438号3頁/金融商事878号24頁
審級関係
評釈論文 小俣勝治・季刊労働法163号195~198頁1992年5月/小嶌典明・労働判例百選<第6版>〔別冊ジュリスト134〕160~161頁1995年5月/水島郁子・民商法雑誌108巻1号115~125頁1993年4月/竹地潔・労働判例百選<第7版>〔別冊ジュリスト165〕182~183頁/土田道夫・平成3年度重要判例解説〔ジュリスト臨時増刊1002〕199~200頁1992年6月/白石哲・平成3年度主要民事判例解説〔判例タイムズ臨時増刊790〕82~83頁1992年9月
判決理由 〔労働契約-労働契約上の権利義務-信義則上の義務・忠実義務〕
2 雇用契約上の債務不履行ないし不法行為について
 (一) およそ会社の従業員は、使用者に対して、雇用契約に付随する信義則上の義務として、就業規則を遵守するなど労働契約上の債務を忠実に履行し、使用者の正当な利益を不当に侵害してはならない義務(以下「雇用契約上の誠実義務」という。)を負い、従業員が右義務に違反した結果使用者に損害を与えた場合は、右損害を賠償すべき責任を負うというべきである。
 ところで、本件のように、企業間における従業員の引抜行為の是非の問題は、個人の転職の自由の保障と企業の利益の保護という二つの要請をいかに調整するかという問題でもあるが、個人の転職の自由は最大限に保障されなければならないから、従業員の引抜行為のうち単なる転職の勧誘に留まるものは違法とはいえず、したがって、右転職の勧誘が引き抜かれる側の会社の幹部従業員によって行われたとしても、右行為を直ちに雇用契約上の誠実義務に違反した行為と評価することはできないというべきである。しかしながら、その場合でも、退職時期を考慮し、あるいは事前の予告を行う等、会社の正当な利益を侵害しないよう配慮すべきであり(従業員は、一般的に二週間前に退職の予告をすべきである。民法六二七条一項参照)、これをしないばかりか会社に内密に移籍の計画を立て一斉、かつ、大量に従業員を引き抜く等、その引抜きが単なる転職の勧誘の域を越え、社会的相当性を逸脱し極めて背信的方法で行われた場合には、それを実行した会社の幹部従業員は雇用契約上の誠実義務に違反したものとして、債務不履行あるいは不法行為責任を負うというべきである。そして、社会的相当性を逸脱した引抜行為であるか否かは、転職する従業員のその会社に占める地位、会社内部における待遇及び人数、従業員の転職が会社に及ぼす影響、転職の勧誘に用いた方法(退職時期の予告の有無、秘密性、計画性等)等諸般の事情を総合考慮して判断すべきである。
 (二) 以上を前提に以下本件について検討する。前記認定によれば、被告Yは、原告の営業において中心的な役割を果していた幹部従業員で、しかも本件引抜行為の直前まで原告の取締役でもあったうえ、配下のA組織とともに原告が社運をかけたレキシントンの企画を一切任されていたのであるから、被告YとともにA組織が一斉に退職すれば、原告の営業の基盤であるレキシントンの運営に重大な支障を生ずることは明らかで、しかも被告Yはこれを熟知する立場にあったにもかかわらず、同被告は本件引抜行為に及んだうえ、その方法も、まず個別的にマネージャーらに移籍を説得したうえ、このマネージャーらとともに、原告に知られないように内密に本件セールスマンらの移籍を計画・準備し、しかもセールスマンらが移籍を決意する以前から移籍した後の営業場所を確保したばかりか、あらかじめ右営業場所に備品を運搬するなどして、移籍後直ちに営業を行うことができるように準備した後、慰安旅行を装って、事情を知らないセールスマンらをまとめて連れ出し、本件ホテル内の一室で移籍の説得を行い、その翌日には打合せどおり本件ホテルに来ていた被告会社の役員に会社の説明をしてもらい、その翌日から早速被告会社の営業所で営業を始め、その後に被告への退職届けを郵送させたというものであり、その態様は計画的かつ極めて背信的であったといわねばならない。右のような事実関係を総合考慮すると、被告Yの本件セールスマンらに対する右移籍の説得は、もはや適法な転職の勧誘に留まらず、社会的相当性を逸脱した違法な引抜行為であり、不法行為に該当すると評価せざるを得ない。したがって、被告Yは、原告との雇用契約上の誠実義務に違反したものとして、本件引抜行為によって原告が被った損害を賠償する義務を負うというべきである。
 四 被告会社の責任
 1 前述三2(一)において述べたことと同様に、ある企業が競争企業の従業員に自社への転職を勧誘する場合、単なる転職の勧誘を越えて社会的相当性を逸脱した方法で従業員を引き抜いた場合には、その企業は雇用契約上の債権を侵害したものとして、不法行為として右引抜行為によって競争企業が受けた損害を賠償する責任があるものというべきである。