全 情 報

ID番号 06166
事件名 賃金等請求事件
いわゆる事件名 建築設計会社事件
争点
事案概要  バセドウ病を理由に自宅において治療することを命じた業務命令は有効であるが、その間の賃金を支払う義務があるとされた事例。
参照法条 労働基準法2章
民法1条3項
民法536条2項
体系項目 労働契約(民事) / 労働契約上の権利義務 / 業務命令
賃金(民事) / 賃金請求権の発生 / 就労拒否(業務命令拒否)と賃金請求権
裁判年月日 1993年9月21日
裁判所名 東京地
裁判形式 判決
事件番号 平成4年 (ワ) 3832 
裁判結果 一部棄却・認容(控訴)
出典 時報1475号151頁/タイムズ835号199頁/労経速報1515号3頁/労働判例643号45頁
審級関係
評釈論文 水島郁子・民商法雑誌110巻4・5号933~941頁1994年8月
判決理由 〔労働契約-労働契約上の権利義務-業務命令〕
 そこで、本件自宅治療命令の適否について検討する。
 右認定事実によると、被告が本件自宅治療命令を発出したのは、A医師作成の平成三年九月七日付診断書と原告の被告に対する回議箋用紙による症状報告とを重視したことによるというのであり、これらによる限り、原告の当時の病状はかなり重いと判断されるから、一般的に、患者の病状は患者自身でなければ分からないことのある反面、患者の訴えが必ずしも医学上客観性を有するものでないこともまた経験則の教えるところであることを考慮に入れたとしても、被告が原告を本件現場監督業務に従事させるよりも治療に専念させるべきであると判断したことには相当な理由があるといえる。
 ところで、本件自宅治療命令には、被告の原告に対する本件現場監督業務の就労を拒絶するとともに、病気治療に専念すべきことを命じる(但し、事柄の性質上、強制力を伴わない、勧告ないし助言程度の意味しか有しないと解される。)ものである。被告の右就労拒絶には問題のあることは後述のとおりであるが、原告は、当時、治療をなすべき病状にあったのである。このような場合に、被告としては、従業員の健康配慮義務及び職場の安全管理義務を負い、職場の秩序維持権限を有しているのであるから、原告に就労を認めるか否かの裁量権を有しているということができる。
 したがって、被告の右就労拒絶自体が直ちに違法であると評価することはできず、これが違法であるといえるためには、就労拒絶が不当労働行為意思をもってなされた等の違法事由が存する場合に限られると解すべきである。
 原告は、本件自宅治療命令は、原告において自宅治療をする必要がなかったにもかかわらず発せられたから無効である旨主張するところ、本件自宅治療命令のうち、病気治療に専念すべきであることを命じる部分は勧告ないし助言程度の意味しか有しないことは前述したとおりであるから、この必要性の有無を論じることには意味がなく、原告の右主張は、結局のところ、被告の就労拒絶の違法性、すなわち、これの不当労働行為性にあると解することができ、原告の本件自宅治療命令が不当労働行為で無効である旨の主張も同旨であると解する。
 そこで、被告の就労拒絶の違法事由、すなわち、不当労働行為性について検討するに、前記認定した事実に原告の供述を総合すると、原告は、分会結成以来執行委員長の地位にあって、活発な組合活動を中心となって展開していたことを認めることができる。しかし、被告が原告の右組合活動を嫌悪していたとか、右組合活動を理由に原告を職場から排除する意思を有し、これがために原告の就労を拒絶したことを認めるに足りる証拠はない。
 そして、他に右就労拒絶に違法事由のあることの主張・立証もない。
 したがって、本件自宅治療命令が無効である旨の原告の主張は理由がない。〔賃金-賃金請求権の発生-就労拒否(業務命令拒否)と賃金請求権〕
 本件自宅治療命令に違法が認められないとしても、原告の賃金請求権の有無は、民法五三六条二項により被告の帰責事由の有無によって決せられることとなる。
 前記認定事実によると、原告は、平成三年八月一九日、B本部長から本件現場勤務命令の発令を受けた際、同本部長に対し、病気で現場作業はできない旨述べながらも、同月二〇日から本件現場監督業務に従事していたというのであり、そして、原告のこの現場監督業務には、内容において重労働はできないこと、就労時間において残業は一時間に限られること、就労日は日曜、祭日等の休日出勤はできないこととの制限を伴っていたとはいえ、C課長は、これらを容れて原告に本件現場監督業務に従事させていたのであり、このことに加え、職場の安全管理及び職場の秩序維持の観点から右就労を拒絶しなければならなかった格別の事情は認められない。そして、前記A医師作成の診断書にも、病名をバセドウ病とし、「現在内服薬にて治療中であり、今後厳重な経過観察を要する」と記載されているのみであって、原告の労務提供の可否及び程度等については何ら触れるところがない。前記原告作成の回議箋用紙による症状報告には、前述したとおり就労制限について述べられているところがあり、なるほど、前記認定事実によると、その当時の原告の病状は、原告が右報告書で報告しているほどではなく、自覚症状が消失していたというのであるから、真実に反した報告をしたという点において責められるべきである。しかし、これ以上に、患者の訴えは必ずしも医学上客観性を有しないことは前述したとおりであるから、被告としては、被告の産業医等の専門家の判断を求める等のさらなる客観的な判断資料の収集に努めるべきであって、これを全くすることなく、右の診断書と症状報告書とを重視して原告の就労を拒絶した被告の本件措置には、些か軽率であったとの謗りを免れない。
 このように考えると、被告の原告に対する本件現場監督業務の就労を全面的に拒絶したことは相当性を欠いた措置であったというべきであるから、被告は原告に対し、本件自宅治療命令期間中の賃金支払義務を免れない。