全 情 報

ID番号 06418
事件名 雇用関係確認等請求事件
いわゆる事件名 武富士事件
争点
事案概要  競業会社の取締役に対して顧客情報等を漏洩したことを理由とする懲戒解雇につき、既に取締役に既知の内容であり、他に会社の企業秘密に属する事項を漏洩したという証拠はない等として、右懲戒解雇が無効とされた事例。
参照法条 労働基準法2章
労働基準法89条1項9号
体系項目 労働契約(民事) / 労働契約上の権利義務 / 企業秘密保持
懲戒・懲戒解雇 / 懲戒事由 / 守秘義務違反
裁判年月日 1994年11月29日
裁判所名 東京地
裁判形式 判決
事件番号 平成4年 (ワ) 23005 
裁判結果 一部認容
出典 労経速報1554号23頁/労働判例673号108頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔懲戒・懲戒解雇-懲戒事由-守秘義務違反〕
〔労働契約-労働契約上の権利義務-企業秘密保持〕
 原告は、AからBとの連絡の有無に関する質問を受けたのに対し、事実に反してこれを否定する回答をしたものであって、懲戒解雇事由を定める就業規則六一条四号の「業務上の指示命令に従わ」ないときに該当するというべきであるが、原告は、翌二八日には、Cの助言もあり、Bとの交際状況について、本件始末書を作成する等して全て打ち明けており、同始末書では、自らの行動について反省の意を表明しているし、前記回答をした動機については、「Cも原告同様にBと親密な交際をしていたことから、自分がBとの交際について話せば、Cに迷惑がかかるのではないかと思った。」旨供述しており、右動機に酌むべき点がないとはいえず、右行為は、懲戒解雇に価いするほど重大な非行であると認めることはできない。
 そして、原告が平成四年一一月二八日に作成した本件始末書によれば、原告は、Bと電話による会話をした際、同年一〇月二六日及び同年一一月九日に、被告会社が顧客に対する電話による聞き取り調査を実施中であること、D会社が顧客情報漏洩問題を重大に捉えていること、また同月一八日に被告会社の組織変更について告げたことが認められ、右各事実は、前記就業規則六一条六号の「会社の機密を他に洩らしたり、または洩らそうとしたとき」に該当するというべきである。しかし、原告がBに告げた事実中、顧客に対する電話聞き取り調査及び被告会社の組織変更については、同人にとって既知の内容であり、D会社の顧客情報漏洩問題の受け止め方についてもさして重大な事実と認めることはできない。そして、他に原告が被告会社の企業秘密に属する事項をBに漏洩した事実を認めるに足りる証拠はない。原告は、前記会話において、Bからも種々の情報を得ているのであって、Cらが同人と頻繁に連絡を取り合っていたのも、互いの情報交換の色彩が濃く、また被告会社自体も顧客情報漏洩問題に関して何らかの情報を得るべくE会社関係者に接触した事実も窺われるのであって、原告のみに対し、情報漏洩に関する規律違反を問うのは酷であるといわざるを得ない。
 なお、原告は、本件始末書において、「本件につき、解雇、退職金の取り消し等いかなる処分を受けても異議がない。」と記載したが、このように記載することによって、被告会社から懲戒解雇に至らない寛大な処置を受けられるようにと期待したものであって、真意に出たものとは認めがたい。
 そうすると、原告がBに対して右各事実を告げたことをもって、懲戒解雇に価いする程の重大悪質な非行と認めることはできず、その他、原告について被告会社の懲戒解雇事由を定める就業規則六一条各号に該当する事実を認めることはできず、本件懲戒解雇は無効というべきである。