全 情 報

ID番号 06446
事件名 退職金等請求事件
いわゆる事件名 ハード産業事件
争点
事案概要  一〇〇〇万円の退職金を支払う旨の合意がなされたと認められ、虚偽表示ではないとして、右退職金の支払いが命ぜられた事例。
 取締役が一〇〇〇万円の退職金支払いの合意を履行しないとして、会社に対する善管注意義務又は忠実義務に違反する旨の主張につき、取締役はかかる義務を負わないとされた事例。
参照法条 労働基準法2章
労働基準法89条1項3号の2
民法94条
商法266条の3
体系項目 賃金(民事) / 退職金 / 退職金請求権および支給規程の解釈・計算
賃金(民事) / 退職金 / 退職金と損害賠償
裁判年月日 1995年3月29日
裁判所名 大阪地
裁判形式 判決
事件番号 平成6年 (ワ) 4350 
裁判結果 認容,一部棄却
出典 労経速報1564号16頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔賃金-退職金-退職金請求権および支給規程の解釈・計算〕
 被告Yは、その本人尋問において、被告会社が、Aに支払った退職金から一〇〇〇万円を借り受けた旨供述するが、他方、右退職金が全額支払われた後、別の年度で右借入れがされ、被告会社が担保としてゴルフ会員権を提供した上、被告Y個人が保証した旨供述するのであるから、Aの退職金中一〇〇〇万円の支払約束が虚偽表示であるとは到底認められないし、また、本件計算書の作成交付から本件訴訟の提起まで約三年四か月が経過した点も、原告が、その後、被告Yの経営する別会社に勤務し、平成四年四月、右会社を退職し、その約二年後には本件訴訟を提起したという経緯を考え併せると、これらの点をもって本件合意中右一〇〇〇万円の支払を約した部分が虚偽表示であるとは認めるに足りない。
 以上の事実及び原告本人尋問の結果に照らせば、被告Yの(一)判示の供述は採用することができず、(一)判示の事実をもって、被告ら主張の虚偽表示の事実を認めるには足りず、ほかにこれを認めるに足りる証拠はない。
 3 したがって、原告は、被告会社に対し、本件合意に基づき右残金一〇〇〇万円及び右金員に対する本件訴状の送達によりその支払を請求した日の翌日である平成六年五月一三日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を請求することができる。〔賃金-退職金-退職金と損害賠償〕
 1 被告会社が、本件合意に基づく一〇〇〇万円の支払債務を履行しないこと、被告Yが本件合意当時の取締役であったことは、前判示のとおりであるところ、原告は、被告会社の本件合意当時の代表取締役であるYが、被告会社の本件合意に基づく退職金残金一〇〇〇万円の支払債務を履行せず、被告Yは、取締役として代表取締役の業務執行を監視する義務があるのに、故意又は重大な過失により、これを懈怠して、右一〇〇〇万円の不履行を放置し、原告に同額の損害を与えた旨主張する。
 2 しかし、原告は、被告会社に対して右一〇〇〇万円の債権を有するところ、被告会社が無資力であり、原告の右債権が無価値であることについては、主張立証がないのであるから、原告主張の損害が生じたことを認めるに足りない。
 そのうえ、仮に、被告会社が無資力であると仮定した場合、その取締役である被告Yの行為いかんにかかわらず、右債務の履行は困難であるというべきであるので、結局、原告の主張する被告Yの任務懈怠と右債務の不履行との間には相当因果関係が認められないことになる。
 のみならず、商法二六六条の三の定める取締役の任務懈怠行為とは、取締役が会社に対する善管注意義務又は忠実義務に違反する行為をいうと解すべきところ(最高裁昭和四四年一一月二六日大法廷判決民集二三巻一一号二一五〇頁)、被告会社が本件債務を履行すべきことが、原告に対する義務であることはいうまでもないが、被告Yが被告会社をして右債務の履行をさせることを怠ることが、被告会社に当然に損害や不利益を与える行為に当たるということはできないのであるから、同被告がその取締役としての善管注意義務又は忠実義務の内容として右債務を履行させる義務を負うとは認められず、したがって、被告Yについて、原告主張の取締役としての任務懈怠があるということもできない。
 3 したがって、原告の被告Yに対する損害賠償請求は、その余の点を判断するまでもなく、理由がない。