全 情 報

ID番号 06509
事件名 療養補償不支給処分取消請求事件
いわゆる事件名 八代労働基準監督署長(興人)事件
争点
事案概要  会社の工場で二硫化炭素蒸気の暴露を受ける作業に長期間従事していた労働者が、退職後動脈硬化症を生じ脳梗塞の形で発症した疾病等につき、慢性二硫化炭素中毒であるとして、労基署長の療養補償給付の不支給処分の取消を求めた事例。
参照法条 労働基準法施行規則別表1の2第9号
体系項目 労災補償・労災保険 / 業務上・外認定 / 職業性の疾病
労災補償・労災保険 / 業務上・外認定 / 業務起因性
裁判年月日 1995年3月15日
裁判所名 熊本地
裁判形式 判決
事件番号 昭和63年 (行ウ) 5 
裁判結果 認容
出典 タイムズ892号190頁/労働判例677号54頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-業務起因性〕
 労災保険法にいう「業務上の疾病」とは、当該業務に起因した疾病であり、これが認められるためには当該業務と当該疾病との間に相当因果関係があることが必要である。そして、訴訟上の因果関係の立証は、一点の疑義も許されない自然科学的証明ではなく、経験則に照らして全証拠を総合検討し、特定の事実が特定の結果発生を招来した関係を是認し得る高度の蓋然性を証明することであり、その立証の程度は通常人が疑義を差し挟まない程度に真実性の確信を持ち得るものであることを必要とし、かつ、それで足りるものである(最高裁昭和五〇年一〇月二四日第二小法延判決・民集二九巻九号一四一七頁)から、原告の疾病が二硫化炭素蒸気の曝露に起因したという関係を是認し得る高度の蓋然性が証明されているか否か以下に検討する。
〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-職業性の疾病〕
 右の事実を総合すれば、原告は、精練工程に勤務していた間に、相当な濃度の二硫化炭素に継続的に曝露した結果、慢性二硫化炭素中毒症の本体たる動脈硬化症を生じ、乾燥工程に移った後も、曝露する二硫化炭素の濃度が幾分低くなったため、症状は急激に進展しなかったものの、全身の動脈硬化が少しずつ進み、退職後の昭和五七年になって、加齢を原因とする動脈硬化の進展ともあいまって、脳梗塞の形で発症したものと認められる。
 この点に関し、Aは、二硫化炭素蒸気曝露から離脱した後五年内に発症したか否かで二硫化炭素蒸気曝露によるものか否かを区別する考え方を採っている。しかしながら、曝露から離れれば症状が軽快するという量反応関係が成立するのは、中毒症の初期段階であり、慢性期すなわち、長期間の曝露による血管等の変化を来した場合には、曝露から離れても症状は独自に進行してゆくのが普通であると考えられていること(〈人証略〉)、血管障害型の慢性二硫化炭素中毒症では、曝露から離れても加齢と共に症状が悪化し、予後不良の例が多いこと(〈人証略〉)、Aも五年以内という区切りについては何ら確定した医学的根拠があるわけではないことを自認していること(〈人証略〉)に照らせば、右考え方は採用できない。
 3 これに対し、被告は、原告の尿蛋白について、過去のある時期に陽性の反応を示したのに、特段の治療を施すことなくその後陰性に転じ、その後も何ら異常な所見が出ていないのは、二硫化炭素により腎臓の細小血管に硬化性の変化が生じていないとみるほかはなく、これは慢性二硫化炭素中毒症は全身に動脈硬化が生じてくるから細小血管に影響が出やすい特徴を有するとの原告の主張に矛盾する旨主張する。
 しかしながら、原告は、昭和四〇年一二月まで尿蛋白に異常値が認められた後、一時正常値に回復したものの、昭和四二年一月から再び異常値が認められていることは前示のとおりであるから、被告の右主張は前提事実に欠けるといわざるを得ない。また、一度腎障害が生じても、通常の器質的変化の場合は、機能的に回復して尿蛋白が出なくなることもあり得るのであって(〈証拠・人証略〉)、それだけで二硫化炭素曝露との関係が否定されるものでもない。よって、被告の右主張は採用することができない。
 4 以上検討してきたところによると、原告の疾病は、業務に起因する蓋然性が高いというべきであり、労基則三五条の業務上の疾病に該当するものと認めるのが相当である。