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ID番号 06559
事件名 損害賠償請求控訴事件/損害賠償請求附帯控訴事件/民事訴訟法一九八条二項による返還及び損害賠償請求事件
いわゆる事件名 長崎じん肺訴訟
争点
事案概要  炭坑で粉じん作業に従事し、じん肺に罹った従業員等が、会社を相手として安全配慮義務の違反を理由として損害賠償を請求していた事件の差戻審の事例。
参照法条 民法415条
民法166条
労働者災害補償保険法12条の8
体系項目 労災補償・労災保険 / 損害賠償等との関係 / 労災保険と損害賠償
労働契約(民事) / 労働契約上の権利義務 / 安全配慮(保護)義務・使用者の責任
裁判年月日 1995年9月8日
裁判所名 福岡高
裁判形式 判決
事件番号 平成6年 (ネ) 254 
平成6年 (ネ) 543 
平成6年 (ネ) 941 
裁判結果 変更(確定)
出典 時報1548号35頁/タイムズ888号67頁
審級関係 上告審/06243/最高三小/平 6. 2.22/平成1年(オ)1667号
評釈論文
判決理由 〔労働契約-労働契約上の権利義務-安全配慮(保護)義務・使用者の責任〕
 雇用契約上の付随義務としての安全配慮義務の不履行に基づく損害賠償請求権の消滅時効期間は、民法一六七条一項により一〇年と解され(最高裁判所昭和五〇年二月二五日判決・民集二九巻二号一四三頁)、右一〇年の消滅時効は、同法一六六条一項により、右損害賠償請求権を行使し得る時から進行するものと解される。そして、一般に、安全配慮義務違反による損害賠償請求権は、その損害が発生した時に成立し、同時にその権利を行使することが法律上可能となるというべきところ、じん肺が肺内の粉じんの量に対応して進行する特異な進行性の疾患であり、その進行の有無、程度、速度も患者により多様であって、将来の進行の有無、程度等を確定することは現在の医学上不可能であるという後記認定のじん肺の病変の特質にかんがみると、雇用者の安全配慮義務違反によりじん肺に罹患したことを理由とする損害賠償請求権の消滅時効は、じん肺に罹患した従業員がじん肺(けい肺)の所見がある旨の最終の行政上の決定(けい特法に基づくけい肺の症度の決定、旧じん肺法に基づく管理二以上の健康管理の区分の決定、改正じん肺法に基づく管理二以上のじん肺管理区分の決定)を受けた時から進行するものと解するのが相当である(最高裁判所平成六年二月二二日判決・民集四八巻二号四四一頁)。〔中略〕
 以上認定のすべての事情、なかんずく第一審原告ら元従業員が第一審被告の経営する炭鉱において長期間にわたって労務に従事した結果、じん肺に罹患したものであり、じん肺が重篤な進行性の疾患であり、現在の医学では治療が不可能とされ、進行する場合の予後は不良であること、本件における第一審原告ら元従業員はすべて療養を要するが、症状が重篤である者は、長期間にわたって入院し、あるいは入院しないまでも寝たり起きたりの状態であったり、呼吸困難のため日常の起居にも不自由を来すという状況にあり、そのままじん肺に伴う合併症により苦しみながら死亡した者もあること、症状が比較的軽度である者でも、重い咳や息切れ等の症状に苦しみ、坂道等の歩行は困難で、家でも休んでいることが多く、夜間に重い咳が続いたり呼吸困難に陥るため、家族の介護を要する状況にあること、第一審原告ら元従業員は、第一審被告を退職した後じん肺の進行により徐々に労働能力を喪失していったもので、労災法等による保険給付を受けるまでの間、極めて窮迫した生活を余儀なくされた者が少なくないこと、第一審被告は第一審原告ら元従業員の雇用者として、健康管理・じん肺罹患の予防につき深甚の配慮をなすべき立場にあったこと、本訴請求は慰謝料を対象とするものであるが、物質的賠償は別途請求するというものではなく、かえって他に財産上の請求をしない旨を第一審原告らにおいて訴訟上明確に宣明していること等を斟酌して、第一審原告ら元従業員の本件じん肺罹患に対する慰謝料額を次のとおりの基準によって算定する。すなわち、本件口頭弁論終結時の管理区分を基本として、〔1〕死者を含む管理区分四該当者、〔2〕管理区分三該当者、〔3〕管理区分二該当者の三段階に一応分類するが、右〔2〕、〔3〕に該当するもののうち、じん肺ないしその合併症により死亡したと認められる者(死亡従業員A、同B、同C)は〔1〕と同視することとし、結局慰謝料額は
 (一) 死者を含む管理区分四該当者及び管理区分二、三該当者のうちじん肺ないしその合併症により死亡した者 二三〇〇万円
 (二) 管理区分三該当者  一八〇〇万円
 (三) 管理区分二該当者  一二〇〇万円と定める。
〔労災補償・労災保険-損害賠償等との関係-労災保険と損害賠償〕
 労災法による各労災補償は、いずれも労災事故により労働者の被った財産上の損害填補のためになされるものであって、精神上の損害填補の目的を包含するものではないから、第一審原告ら元従業員ないしその遺族原告がそれぞれ受領し、また、将来受給すべき同法による各給付金は、いずれも本訴請求にかかる慰謝料請求権とは性質を異にし、これには及ばないというべきである。したがって、これらについてその全部又は一部を慰謝料から控除することは許されないというべきである。また、厚生年金法による各給付金も同様の趣旨による生活保障を目的とするものと解するのが相当であり、既に受給し、また、将来受給すべき同法による各給付金を、前同様慰謝料から控除すべきものではない(最高裁判所昭和六二年七月一〇日判決・民集四一巻五号一二〇二頁)。