全 情 報

ID番号 06567
事件名 退職金支払請求控訴事件
いわゆる事件名 朝日火災海上保険事件(差戻審)
争点
事案概要  損害保険会社の営業担当調査役であった者が自己都合により退職した際の退職金が、就業規則である給与規定が変更されたことにより一部支払われなかったのは違法であるとして、旧規定に基づき算定した退職金との差額を請求した事例。
参照法条 労働基準法11条
労働基準法89条1項第3号の2
労働基準法93条
体系項目 賃金(民事) / 退職金 / 退職金請求権および支給規程の解釈・計算
就業規則(民事) / 就業規則の一方的不利益変更 / 退職金
裁判年月日 1995年9月28日
裁判所名 大阪高
裁判形式 判決
事件番号 平成6年 (ネ) 339 
裁判結果 棄却
出典 労働判例683号25頁
審級関係 差戻上告審/06929/最高三小/平 9. 3.25/平成8年(オ)257号
評釈論文
判決理由 〔賃金-退職金-退職金請求権および支給規程の解釈・計算〕
〔就業規則-就業規則の一方的不利益変更-退職金〕
 以上の認定事実を総合すれば、遅くとも控訴人の退職時までには、控訴人と被控訴会社間の雇用契約において、控訴人の退職手当は、昭和五三年度の本俸を基準額として算定し、同五四年度以降の賃上額はこの基準額に加算しない旨の合意が黙示的に成立していたものと推認するのが相当というべきである。
 三 そこで、右合意が就業規則である本件退職手当規程で定める基準を労働者に不利益に変更するものとして労働基準法九三条に違反するかどうかの点について判断することとするが、この点は結局、同規程が退職手当の額の基準と定めている「本俸」の解釈いかんに懸かつているものというべきであるから、以下そのような観点から検討するに、昭和五六年四月一日の新給与規程の施行により、被控訴会社の給与体系から「本俸」なるものが存在しなくなり、控訴人の退職時点においても同様の状態であつたことは前記のとおりであり、かつ、本件退職手当規程についてそれに対応する改訂が行われていなかつたため、形の上では、退職手当の額の算定基準は存在しながらその適用の対象となるものが存在しない状態にあつたものというよりほかはない。
 もとより、そのために、額の算定不能を理由に退職金請求権そのものが存在しなくなつたものとみることができないことはいうまでもないところであるから、右「本俸」を合理的に解釈して適切な額を算定することとするのが相当であるというべきところ、(証拠略)によれば、被控訴会社における賃金は、旧給与規程においては「本俸」と名付けられていたが、いわゆる総合決定給であるためにその決定基準が不明確であつたこと、そこで、新人事体系においてはこのような性格の「本俸」を廃止し、新給与規程において新たに職能給の制度を導入するとともに、賃金を生活保障の部分と職務遂行能力に応じた労働の対価に相当する部分とに分け、それを併せたものを「基本給」と名付けて賃金の決定基準の明確化を図ることとしたことが認められる。
 そうであるとすれば、旧給与規程の上の「本俸」と新給与規程の上の「基本給」とは、その性質を異にするものといわざるをえないから、たとえ個々の場合においてその額が近似することがあるとしても、その旨の明文の定めがないのに、本件退職手当規程の定める退職手当算定の基準である「本俸」を新給与規程上の「基本給」と読み替えるのは相当でないといわざるをえない。
 のみならず、前記二の1ないし8において認定した事実関係からすれば、控訴人の退職当時においては、右退職手当規程上の「本俸」は、昭和五三年度の本俸を意味するものとして現実に解釈され、かつ、そのように解釈するのを相当とするような客観的状況が存在していたものということができるので、そのような客観的状況を踏まえて考えれば、本件退職手当規程上の「本俸」は右の新給与規程の「基本給」ではなく、旧給与規程に基づく「昭和五三年度の本俸」を意味していたと解するのが相当といわざるをえない(上告審の破棄判決の拘束力は、破棄の理由とした判断の範囲に限られるから、右のように判断したからといつて本件上告審判決の拘束力を破ることになるものでないことはいうまでもない)。
 そうすると、前記黙示の合意は、就業規則である本件退職手当規程に定める基準に達しない労働条件を定める合意には当たらず、労働基準法九三条によつて無効となるものではないというべきである。
 もつとも、本件退職手当規程上の「本俸」を右のように解するならば、右の黙示の合意の成否にかかわらず、控訴人としては、昭和五三年度の本俸を基準とし算定した退職手当の支給を受けるにとどまるので、結果的には、右黙示の合意の成否及び効力について判断することを要しなかつたことになるけれども、いずれにせよ、控訴人において新給与規程上の「基本給」を基準として算定した退職手当との差額を請求する権利を有しないことに変わりはないというべきである。