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ID番号 06720
事件名 療養補償給付等不支給処分取消請求控訴事件
いわゆる事件名 横浜南労働基準監督署長(旭紙業)事件
争点
事案概要  自己所有のトラックを持ち込み会社の指示に従って製品等の輸送に従事していた運転手(傭車運転手)が、災害をこうむったことにつき労働者災害補償保険法上の労働者であるとして労災保険給付を請求した事例。
参照法条 労働基準法9条
労働者災害補償保険法1条
体系項目 労基法の基本原則(民事) / 労働者 / 傭車運転手
労災補償・労災保険 / 労災保険の適用 / 労働者
裁判年月日 1994年11月24日
裁判所名 東京高
裁判形式 判決
事件番号 平成5年 (行コ) 124 
裁判結果 認容(原判決取消)(上告)
出典 労働判例714号16頁
審級関係 上告審/06880/最高/平 8.11.28/平成7年(行ツ)65号
評釈論文
判決理由 〔労基法の基本原則-労働者-傭車運転手〕
 労災保険法の適用を受ける労働者について、同法は定義規定を置いていないが、同法一二条の八第二項が労働者に対する保険給付は労基法に規定する災害補償の事由が発生した場合にこれを行う旨定め、労基法八四条一項が同法の規定する災害補償につき、労災保険法に基づいて給付が行われるときは、使用者は補償の責めを免れると規定しているところからすると、労災保険法は、労基法第八章「災害補償」に定める使用者の労働者に対する災害補償責任を填補する責任保険(保険料は使用者が全額負担)に関する法律として制定されているものであって、労災保険法にいう労働者は、労基法にいう労働者と同一であると解するのが相当である。被控訴人は、労災保険法が特別加入制度等により保護対象を拡大しており、労災保険法上の労働者の概念は、労基法上の労働者と切断されてきている、と主張するが、右の特別加入制度等は、労働者でないものにつき任意的な加入を認める等のものであって、労災保険法が当然に適用となる労働者の概念を変えて、適用対象の範囲を広げたものではないと解されるから、右主張は当を得ない。
 ところで、労基法九条は、同法における労働者とは、職業の種類を問わず、同法八条の事業又は事業所に使用される者で、賃金を支払われる者をいう、と定めており、この規定と同法一一条の賃金及び同法一〇条の使用者の定義規定とを合せ考えると、同法上の労働者とは、要するに、使用者の指揮監督の下に労務を提供し、使用者から労務に対する対償としての報酬が支払われる者をいうのであって、一般に使用従属性を有する者あるいは使用従属関係にある者と呼称されている。
 そして、この使用従属関係の存否は、業務従事の指示等に対する諾否の自由が無いかどうか、業務の内容及び遂行方法につき具体的指示を受けているか否か、勤務場所及び勤務時間が指定され管理されているか否か、労務提供につき代替性が無いかどうか、報酬が一定時間労務を提供したことに対する対価とみられるかどうか、更には、高価な業務用器材を所有しそれにつき危険を負担しているといった事情が無いかどうか、専属性が強く当該企業に従属しているといえるか否か、報酬につき給与所得として源泉徴収がされているか否か、労働保険、厚生年金保険、健康保険の適用対象となっているか否か、など諸般の事情を総合考慮して判断されなくてはならない。
〔労基法の基本原則-労働者-傭車運転手〕
 8 以上を総合して考えると、車持ち込み運転手は、A会社の企業組織に組み込まれ、A会社から一定の指示を受け、場所的時間的にもある程度拘束があり、報酬も、業務の履行に対し払われ、毎月さほど大きな差のない額が支払われていたことなどから、労働者としての側面を有するといえるが、他面、車持ち込み運転手に対するA会社の指示等は一般の従業員に対する指揮監督に較べて範囲は狭く、内容的にも弱いものとみられるし、場所的時間的拘束も一般の従業員よりは弱く、また報酬も出来高払いであって、これに、業務用器材を所有して業務の遂行につき危険を負担し、自らも、従業員ではないとの認識をするなどといった、いわゆる専属的下請業者に近いとみられる側面があることも否定できないのであって、労基法上の典型的な労働者と異なることは明らかである。要するに、車持ち込み運転手は、これを率直にみる限り、労働者と事業主との中間形態にあると認めざるを得ないのである。
 思うに、産業構造、就業構造の変化等に伴い、就業形態、雇用形態が複雑多様化しており、業務に就いて働いている者を、労基法上の労働者であるか、そうでないかという区分をすることが相当に困難な事例が増加していると考えられるのであるが、裁判所としては、このような事態を取り敢えずは正視し、右のような事例に対して、それが法令に違反していたり、一方ないしは双方の当事者(殊に、働く側の者)の真意に沿うと認められない事情がある場合は格別、そうでない限り、これを無理に単純化することなく、できるだけ当事者の意図を尊重する方向で判断するのが相当であるというべきである。
 そこで、本件につき考えるに、A会社の車持ち込み運転手は、運送の主要器材であるトラックを所有し、運送請負契約のもとに、実態上は、専属的な下請業者として運送業務を行い、運送に必要な経費(ガソリン代、車両修理代、高速道路料金等)及び事故の場合の損害賠償責任を負担するものとし、A会社の従業員とされていないために、その就業規則は適用されないし、福利厚生の措置も取られず、通常の労働者であれば被保険者とされる、労災保険、雇用保険といった労働保険、健康保険、厚生年金保険といった社会保険の被保険者とされず(国民健康保険、国民年金の被保険者とされる。)、労働者であればその賃金から源泉徴収される、源泉徴収所得税を控除されないのであるが(報酬については、事業所得として確定申告をして納税する。)、A会社の側でも、報酬以外の労働費用やトラックを所有したときの経費等が節約されるといったことから、報酬も従業員としての運転手を雇用した場合の給与よりは多額を支払うことができる事情にあったのである。このような就労形態は、これをそのまま認めることについては議論の余地がないではないが、法令に反するものでも、脱法的なものでもなく、巨視的にはともかくその時点では少なくとも双方に利益があると考えられており、A会社の側のみに利益があるとはいえないし、当事者双方の真意、殊に車持ち込み運転手の側の真意にそうものであるから、これを裁判所としては、そのまま一つの就労形態として認めることとするのが相当といわなくてはならない。
 そして、この就労形態は、労基法上の労働者のそれとみることは困難であるから、A会社の車持ち込み運転手である被控訴人は、労基法上の労働者とはいえず、したがって、労災保険法上の労働者とはいえないこととなる。
 本件のような災害について、それを救済する必要があることを否定するものではないが、それを労災保険法によりこれを求めることは、解釈論としては無理であるとせざるを得ないのである。