全 情 報

ID番号 06728
事件名 地位確認賃金支払請求事件
いわゆる事件名 西日本旅客鉄道事件
争点
事案概要  ワンマンバス乗務員による運賃の手取り行為につき、横領の意図を伴わないものであり、右行為を理由とする懲戒解雇を権利濫用に当たり無効とした事例。
 ワンマンバス乗務員による運賃の手取り行為につき、横領の意図をもって行われたものであり、右行為を理由とする懲戒解雇を権利濫用に当たらず有効とした事例。
参照法条 労働基準法89条1項9号
体系項目 懲戒・懲戒解雇 / 懲戒権の濫用
懲戒・懲戒解雇 / 懲戒事由 / 職務上の不正行為
裁判年月日 1995年6月21日
裁判所名 福岡地
裁判形式 判決
事件番号 平成4年 (ワ) 1141 
裁判結果 認容,一部棄却(控訴)
出典 労働判例716号58頁
審級関係 控訴審/06939/福岡高/平 9. 4. 9/平成7年(ネ)555号
評釈論文
判決理由 〔懲戒・懲戒解雇-懲戒権の濫用〕
〔懲戒・懲戒解雇-懲戒事由-職務上の不正行為〕
 2 原告甲野の手取行為の評価
 (一) 右事実によれば、原告X1は、Aが両替すべく投入した百円硬貨が両替器の故障のため両替できず、また、右硬貨自体も戻らなかったため、釣り銭を得るべくB及び乗客某から七二〇円の運賃を手取りしたが、それでも四〇円の釣り銭が用意できなかったので、一旦Aから受けとった百円硬貨三枚のうち一枚を同人に返却するとともに、後の乗客に対する釣り銭として確保すべく、九二〇円を回数券袋に入れて自ら保管したものと認定すべく、また、右故障は、車の振動ないしなんらかの事情で自然に直ったものと認定するのが相当である。
 右1(四)に認定した〔1〕ないし〔3〕の指摘は、いずれも尤もであり、特に、被告において運賃の手取りが厳禁されていたことに照らせば右〔1〕、〔2〕の指摘は重要であり、また、Aが運賃の差額を後に支払うことが保証されていない状況の下では、被告の損害を少なくするため、Aに対し百円硬貨を返却せずに五十円硬貨を手渡した方が適切な措置であったことはいうまでもない。
 しかし、乗客を必要以上に待たせず、また、運行ダイヤに著しく反しないように腐心し、かつ、運行中は事故防止等に注意を集中している乗務員に対し、その場その場で最も適切な措置を採ることを求めるのは、些か難きを強いるものといわざるを得ないし、まして、右の不自然さの故をもって原告甲野に運賃横領の意図があったものと推認することは到底できない。
 そのほか、原告X1に運賃横領の意図があったことを認めるべき証拠はない。
 (二) そうだとすれば、原告X1の本件手取行為が、就業規則第五九条第三号に該当することは明らかであるが、同第六〇条第一一号に該当するとはいえないし、また、同条の各号列記事項の悪質さに鑑みると、同条第三号に該当すると解するのも困難である。
 仮に同号に該当するとしても、横領の意図を伴わない単なる手順違反にすぎない運賃の手取行為に対し懲戒解雇をもって臨むのは、それが企業外への排除であり、しかも退職金の支払いもなされない(〈証拠略〉、弁論の全趣旨)ことを考えれば、苛酷に過ぎるものというべく、客観的に合理的な理由を欠き社会通念上相当として是認することができないから、原告X1に対する本件懲戒解雇は権利の濫用として無効と解するのが相当である。〔中略〕
 1 原告X2の手取行為の経緯
 原告X2は本件の手取行為につき、後に降りる乗客が五千円札を出した場合の釣り銭として保管する意図であった旨弁解する(〈証拠・人証略〉)が、運行の中途において両替器が故障した場合に釣り銭用として小銭を手取りするのならともかく、右のような事情もなく、また、後に降りる乗客が五千円札を差し出すという蓋然性もなんら認められない状況の下で、千円札二枚を手取りして自己の管理下に置くというのは、極めて不自然、不合理であって、右弁解はにわかに信用することができない。
 そのほか、原告X2の右手取行為を合理的に説明し得る証拠はなんら存在しない。
 2 原告X2の手取行為の評価
 右の事情に、原告X2が平成二年一〇月九日及び同月一〇日に行われた被告の調査(取調べ)の際、前記二〇〇〇円は持ち帰るつもりであったと供述したうえ、何か言いたいことはないかと問われて「C自営所長をはじめ皆さんに大変御迷惑をおかけしました。今後の手続を一日も早くお願いします。」旨述べ、特に、同月一〇日には、同原告の乗用自動車から発見された現金一四万円につき「まちがいなく私金ですので、よろしかったらかえしていただきたいと思います」と述べ、そのころ、上司であるC自営所長のDに対し、「いろいろご迷惑をかけました。調査についてもう腹を決めました。」という趣旨のことを述べたうえ、雇用保険の受給について相談した事実(〈証拠・人証略〉)、同原告がE指導員から運賃収受手順違反を指摘された際、あわてて右二〇〇〇円を運賃箱に投入しようとした事実(〈証拠・人証略〉)及び前記一認定のとおり被告においては運賃の手取りが厳禁されている事実を併せ考えれば、同原告は横領の意図をもって前記二〇〇〇円を手取りし、自己の管理下に置いたものと認定するのが相当である。
 そうだとすれば、原告X2の本件手取行為は、就業規則第六〇条第三号、第一一号に該当するものというべく、被告の同原告に対する懲戒解雇処分は理由があり、同原告に横領の意図があった以上、右処分が客観的に合理的な理由を欠き社会通念上相当として是認することができないものとは到底いえないから、権利の濫用に当たるとはいえない。