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ID番号 06774
事件名 損害賠償請求事件
いわゆる事件名 中部電力事件
争点
事案概要  電力会社の従業員が、共産党員であることを理由に賃金関係の処遇につき差別取扱いを受けたとして、同期同学歴入社の標準的な従業員の平均賃金との間に生じた賃金差別額に相当する損害の賠償及び慰謝料を求めた事例。
参照法条 労働基準法3条
民法90条
民法709条
体系項目 労基法の基本原則(民事) / 使用者 / 傭船契約
裁判年月日 1996年3月13日
裁判所名 名古屋地
裁判形式 判決
事件番号 昭和50年 (ワ) 1002 
裁判結果 一部認容,一部棄却(控訴)
出典 時報1579号3頁/タイムズ926号120頁
審級関係
評釈論文 荒川和美・労働法律旬報1384号6~9頁1996年5月25日/小山剛・法学セミナー43巻5号64~66頁1998年5月
判決理由 〔労基法の基本原則-使用者-傭船契約〕
 原告らのうち大多数の者は、賃金実態資料で明らかにすることができる昭和三九年度以降、当初は、基本給及び職級(職階)について、いずれも同期・同学歴入社者の大多数の者が位置付けられている範囲に位置付けられ、年功序列的な幅の中で標準者と同様に処遇されていたが、勤続年数の経過とともに、特に原告らが被告によってマル特と目されたと主張する時期頃から、次第に基本給についてはその分布の幅の最下限に近づき、職級(職階)についても、同期・同学歴入社者に比較して進級が遅れ、他の同期・同学歴入社者の大多数の者が格付けされる職級(これは、前記年功序列的運用がなされていると認められる期間については、中位職級に相当すると認められる。)との乖離が大きくなって、年功序列的な処遇の幅をはずれ、著しく低位の処遇を受けるに至ったことが認められる。〔中略〕
 1 右一、二に認定の原告らに対する処遇の実態、マル特認定の事実、並びに反共差別意思ないし反共労務施策の存在、賃金格差の存在、賃金差別を窺わせる証拠の存在、年功序列的賃金実態の存在と標準者概念の有意性等前記第一章第二款、第二章第一款の第一、第三、第四、第五に認定の各事実を総合すれば、被告は、その労務政策の一環として、原告らを含む日本共産党員ないしその同調者の職級及び賃金等人事上の処遇について、遅くとも原告ら主張のマル特認定時期の頃までには、原告らをマル特者として認定した上、その思想・信条を理由に賃金差別行為を開始し、前記標準者概念の想定できる期間これを継続し、その結果、原告らを他の同期・同学歴入社者とかけ離れて著しく低位に処遇してきたものと推認することができる。
 なお、原告らが、右差別的処遇を受けた間、いずれも標準者らと同程度と評価できる労働を提供した事実は、前記マル特認定を受けるまで原告ら各自が標準者と同様の処遇を受けていた等の同原告らの勤務振りから推認することができる。
 2 以上の認定は、被告の右のような一般的な反共差別意思及び年功序列的賃金実態の存在、並びにその他原告らに対する差別的取扱いの存在状況等から、大量観察的に原告ら各自に対する反共賃金差別行為の存在を推定したものであるが、本件訴訟においてこうした推定が合理性を有するものとして許されるべきことは、前に標準者概念の有意性等について説示したところ、とりわけ考課・査定に関する事項は秘密とされ、その具体的内容について原告らにおいて把握することが極めて困難であるなどの事情が認められ、したがって、予め原告ら各自において被告による思想・信条による差別と賃金格差との間の因果関係について逐一主張・立証する必要があるとすることは、原告らと被告間の雇用関係の実態に照らして公平を失することからも首肯されるところである。
 3 もっとも、右のとおり大量観察的に原告らに対する賃金差別行為の存在を推定することと、被告の人事・賃金制度が基本的に「能力」によって処遇する制度であることとは、何ら矛盾するものでないことはこれまで説示したところから明らかであるから、被告が、原告らが他の同期・同学歴入社者とかけ離れて低位に処遇されてきたのは、原告らの入社以来の勤務成績が劣悪であったこと、或いは能力向上の意思を放擲したため人事考課・査定が低位になされた結果であることを証明したならば、右推定が覆されるものであることはいうまでもない。〔中略〕
 人事考課・査定行為は基本的には使用者の裁量に任されているとはいえ、裁量の範囲を逸脱若しくは濫用した場合は、もとより正当な権利行使とは認められず、これが違法となることはいうまでもないところ、思想・信条の自由は憲法によって手厚く保護されている基本的権利である上、思想・信条を理由とする差別的取扱いが労働基準法三条によって禁止され、同法一一九条一項がこれに違反した者に対し六箇月以下の懲役又は三〇万円以下の罰金に処するなどの厳しい措置をもって臨んでいることに照らすと、使用者が労働者の思想・信条を理由に差別的考課・査定をすることが公序良俗に反する違法行為であって、民法七〇九条の不法行為を構成することは明らかというべきである。一方、労働者は、使用者により、公正な考課・査定に基づき提供した労働に相応した賃金の支払いを受けられる等の公正な処遇を期待して雇用契約を締結し、これを維持してきたものであることは明らかなところ、このような労働者の期待は法的保護に値する権利ないし利益であることはいうまでもない。
 そうすると、使用者である被告は、違法な考課・査定行為により労働者である原告ら各自が有する期待権ないし法的利益を違法に侵害したというべきであるから、これによって原告らに生じた損害を賠償する責任があるというべきである。〔中略〕
 三 被告の人事・賃金制度の組織・形態が基本的に職務(能力)給であることからすると、原告ら各自の格差の原因として、同原告らの勤務実績が劣悪なため考課・査定が低位になされた結果生じた部分の存する可能性を否定することはできないけれども、格差の原因が右のように人事・賃金制度が公正に機能することなく、違法な差別にあることが認められる一方、格差の中に正当な考課・査定による部分も複合している可能性の認められるにとどまる場合については、不法行為を行った当事者において正当な考課・査定により生じた格差部分についてこれを特定して立証しないかぎり、格差全額について損害と認めるほかないものと解すべきところ、この点について被告が主張・立証を尽くしていないことは前記認定のとおりであるから、本件においては右標準者との差額全額を損害と認めるのが相当である。