全 情 報

ID番号 06790
事件名 療養補償等不支給処分取消請求事件
いわゆる事件名 三田労働基準監督署長(エッソ石油)事件
争点
事案概要  頚肩腕障害につきすでに治癒しているとして療養補償給付・休業補償給付の一部を不支給とされた労働者が、右不支給処分の取消しを求めて争った事例。
参照法条 労働者災害補償保険法7条1項
労働者災害補償保険法12条の8
体系項目 労災補償・労災保険 / 補償内容・保険給付 / 療養補償(給付)
労災補償・労災保険 / 補償内容・保険給付 / 休業補償(給付)
裁判年月日 1996年3月27日
裁判所名 東京地
裁判形式 判決
事件番号 平成5年 (行ウ) 58 
裁判結果 棄却
出典 労働判例693号62頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔労災補償・労災保険-補償内容・保険給付-療養補償(給付)〕
〔労災補償・労災保険-補償内容・保険給付-休業補償(給付)〕
 労災法上、症状が固定すれば残存する症状は後遺症として取り扱われることから、労災法上の治癒とは、発症前と同じ健康状態に回復したことを意味する「完治」を指すのではなく、症状が安定し疾病が固定した状態にあって治療の必要がなくなった状態を指すものと解するのが相当であり、疾病にあっては急性症状が消退し、慢性症状が持続しても医療効果を期待し得ない状態になった場合を指すものと解される。
 この点、原告は、頚肩腕症候群は元々慢性疲労が原因となって発症する疾病であり、発病の当初から慢性疾患に分類されるものであって、その症状の強弱の差はあれ当初から慢性症状のみが存するもので、頚肩腕症候群には一般的に「急性症状」「慢性症状」なる概念は存しないから、右「治癒」概念は頚肩腕症候群には当てはまらない旨主張する。しかしながら、(証拠・人証略)及び弁論の全趣旨によれば、頚肩腕症候群(頚肩腕障害)についてもその症状には急性期の症状と慢性化した症状のあることが認められるから、原告の右主張は採用できない。〔中略〕
〔労災補償・労災保険-補償内容・保険給付-療養補償(給付)〕
〔労災補償・労災保険-補償内容・保険給付-休業補償(給付)〕
 業務災害に関する療養、休業保険給付は、労働基準法七五条、七六条に規定する事由が生じた場合に補償を受けるべき労働者の請求に基づいて行われる(労災保険法一二条の八)ところ、右請求は、被災労働者が使用される事業所を管轄する労働基準監督署長に対し、請求を裏付けるに足りる所定の事項を記載した請求書に、これを証明することができる書面を添付してしなければならないとされている(同法施行規則一二条一項、二項、一二条の二第一ないし第三項、一三条一項、二項)のであるから、療養補償ないし休業補償給付を受給しようとする被災労働者は、右請求にかかる給付について自己に受給資格のあることを証明する責任があると解すべきであって、右被災労働者が療養給付又は療養補償給付請求をするには、「業務上負傷し、又は疾病にかかったこと」、「療養が必要であること」(労働基準法七五条)、すなわち、当該治療等が医学的見地からみて当該疾病の療養として必要なものであること(労災保険法一三条二項参照)を、休業補償給付請求をするには、「必要な療養のため、労働することができないこと」(労働基準法七六条)をそれぞれ証明しなければならないものと解するのが相当である。したがって、右被災労働者は、療養補償ないし休業補償給付決定を受けた場合であっても、その後の請求に際しては、改めて、右受給要件を証明する必要があるものと解するのが相当であって、労働基準監督署長が、当該請求に対して、療養の必要性がなく「治癒」しているとして不支給決定をした場合においても、処分権者の側で「請求者の傷病が治癒したこと」を証明しなければならないと解すべきではなく、被災労働者の側で、未だ「治癒」していないこと、すなわち、症状が安定しておらず疾病が固定していない状態にあって療養の必要性があることを立証する必要があるものというべきである。〔中略〕
 本件においては、前記認定のとおり、治癒認定後においても、原告のリハビリ就労の勤務時間が段階的に徐々に長くなっていることは認められるけれども、このことが直ちに、原告主張のような、治癒認定時には本件疾病の症状は固定しておらず治癒認定後の治療が効果のあったことを裏付けるものではない。労災保険法にいう治癒とは、前記のとおり、医学的な意味の完全治癒ではなく、症状が安定し疾病が固定した状態にあって治療の必要がなくなった状態をいい、疾病にあっては急性症状が消退し、慢性症状が持続しても医療効果を期待し得ない状態になった場合をいうのであるから、治癒の成否が即、就労可能の有無ないしはその時間の多寡を意味するものではない。慢性症状が持続し医療効果が期待し得ない状態にある被災労働者に対し、右症状等に照らして即時の完全就労が困難である場合に、完全就労に向けて勤務時間を徐々に長くしていくという措置がとられることも決して不自然なことではないのである。したがって、原告の右主張も採用できない。
 してみれば、本件治癒認定後に、ある程度の慢性症状の改善がみられ、これに応じて制限勤務の就労時間が段階的に長くなったとしても、これをもって治癒後の効果であると評価することは相当でない。