全 情 報

ID番号 06792
事件名 休業補償給付不支給処分取消請求事件
いわゆる事件名 名古屋西労働基準監督署長事件
争点
事案概要  糖尿病の基礎疾病を有するタクシー運転手の急性心筋梗塞について、発症前日までの業務による過重負荷があり、業務と疾病との間に業務起因性があるとして、労基署長の処分を取り消した事例。
参照法条 労働者災害補償保険法7条
労働基準法78条
労働基準法施行規則35条
労働基準法施行規則別表第1の2
体系項目 労災補償・労災保険 / 業務上・外認定 / 業務起因性
労災補償・労災保険 / 業務上・外認定 / 脳・心疾患等
裁判年月日 1996年3月27日
裁判所名 名古屋地
裁判形式 判決
事件番号 平成3年 (行ウ) 34 
裁判結果 認容(確定)
出典 タイムズ916号113頁/訟務月報34巻5号1328頁/労働判例693号46頁
審級関係
評釈論文 水野幹男・労働法律旬報1388号15~20頁1996年7月25日
判決理由 〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-業務起因性〕
〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-脳・心疾患等〕
 原告は、足切りというノルマ及び防衛ラインないし勤務目標という事実上のノルマに追われ、四日間連続勤務の間は、訴外会社の就業規則の定めはもちろん、改善基準にも大幅に違反する長時間の拘束を受け、また、長時間労働に従事し、発症直前約八週間をみれば、最大拘束時間二一時間二〇分、同労働時間二〇時間一〇分、一日当たり平均拘束時間一八時間、同労働時間一六時間五三分という過酷な労働に従事していたものであり、このため、連続勤務の二日目以降は、慢性的な睡眠・休養不足に陥ったままタクシー運転労働に従事していたことが認められる。また、タクシー乗務員は、交通の安全のため、常に周囲の車両との間隔、歩行者の飛び出し等四囲の状況に注意し、しかも、道路端でタクシーを求める客を見落とさないよう走行しなければならないものであること、乗務員は、狭く閉鎖的な車内に座ったまま右拘束時間の殆どを過ごすことを強いられること等から、タクシー運転労働は、乗務員を身体的、精神的に疲労させ、その精神的緊張を高めるものであると解されるところ、原告は、かかる労働に右のような長時間にわたって従事していたこと、さらに、右ノルマに追われること自体が心理的ストレスとなり、常に精神的重圧を受けていたことが認められ、原告は、かかる過重な業務に従事したことにより、身体的、精神的疲労を蓄積させ、その後もその疲労を十分に回復させることなく、慢性的、恒常的な過労状態に陥ったまま、発症前日に至ったものと認めることができる。
 さらに、前記認定事実によれば、原告の発症前日の勤務も、拘束時間一八時間一五分、労働時間一七時間〇一分(いずれも発症直前約八週間の平均を超えている。)、走行距離二七〇キロメートルに及び、他方、休憩時間は僅か一時間〇七分という過重なものであった上、午後八時四五分ころ、心筋梗塞の前駆症状と推測される胸痛を覚えたにもかかわらず、その時点では、足切りの走行距離及び勤務目標の金額ともに達成できていなかったため、更に約五時間も勤務を続けたものであり、この日の勤務もまた過重な業務であったことが認められる。
 そして、これら発症直前の勤務の拘束時間、労働時間等とその勤務内容、原告の健康状態等諸般の事実を総合考慮すると、原告が発症前日まで従事していた業務は、本件基礎疾患を有していた原告にとって、その疾患を自然的経過を超えて急激に増悪させるほどに過重な業務であったと認めることができる。
 〔2〕 なお、前記認定事実によれば、原告は、勤務中、一日当たり五時間程度は客待ちによる休憩を取れたこと、四日間連続勤務の後には、二日間連続休日を取ることができたことが認められる。
 しかし、右客待ちの間も当然仮眠を取ることはできず、一回の客待ち時間が三〇、四〇分程度に過ぎなかったのであるから、疲労の蓄積を防ぐほどの休憩が取れていたということはできない。また、別紙1及び2を基に、昭和六三年五月一一日(四日間連続勤務の初日)から発症前日の同月二五日までの間について、合わせて一時間を就寝及び起床の際に生活上必要とされる時間に充て、休日中及びその前後の睡眠時間を八時間と仮定して、原告の睡眠時間を試算すると、右期間の平均睡眠時間は六時間一五分となるものの、他方、四日間連続勤務の間の平均睡眠時間は四時間五七分であり、二日間連続して休日を取ったからといって、わずかこれだけの睡眠時間で、前認定のような過重な業務に従事した後に蓄積した疲労を解消させることができたとは到底考えられない。むしろ、前記認定事実によれば、二車三人制に就いていた原告は年休を取りにくい状態にあり、実際、発症直前約八週間には一度も年休を取っていないことが認められ、糖尿病という本件基礎疾患を有していた原告にとっては、疲労の蓄積を防ぐに足りる休息は全く取れていなかったというべきである。
 〔3〕 なおまた、被告は、原告の拘束時間、労働時間等の数値を訴外会社の同僚乗務員と比較し、原告の業務は特に過重ではなかったとして、すべてその日常業務の範囲内であった旨主張する。しかし、当裁判所が採用する相当因果関係の判断基準は前記一3(三)のとおりであるところ、前記認定事実によれば、発症直前における原告の本件基礎疾患は、健常者と大差ない程度にまで良好にコントロールされていたことが認められるものの、かかる基礎疾患を有していた原告にとって、その発症直前の業務が、右基礎疾患を有する原告の身体状況を急激に悪化させる危険がある程に過重なものであった以上、同僚乗務員と比較して大差ないとしても、このことをもって業務過重性が認められないということはできない。
 さらに、被告は、原告はタクシー乗務員としての経験が豊富であり、二車三人制勤務にも慣れていたこと、訴外会社における防衛ライン及び勤務目標には、規則上制裁措置等がないことから、ノルマとはいえず、その達成のために長時間労働を強いられたとはいえない旨も主張する。しかし、長時間労働ないし深夜労働による疲労の蓄積等が、勤務の慣れによって回復し得るものか、あるいはどの程度回復し得るものかについては、医学上これを明らかにする資料はなく、したがって、慣れにより右のような疲労等が回復されるものとは考えられないところであり、また、訴外会社に、防衛ラインあるいは勤務目標を達成できなかった乗務員に対する規則上の制裁措置等はなかったにしても、事実上、大幅な収入減という多大な不利益を蒙る危険があったことは前認定のとおりであるから、この点の主張も採用することはできない。
 2 相当因果関係について
 (一) 以上検討したところによれば、原告が発症前日まで従事していた業務による過重負荷が、本件基礎疾患により発生していた冠動脈の血管病変等を、自然的経過を超えて急激に増悪させた結果、本件疾病を発症させたものと推認することができ、本件においては他に特段の事情が認められない以上、原告の業務と本件疾病の発症との間には、相当因果関係が存在するものと認めるのが相当である。