全 情 報

ID番号 06801
事件名 損害賠償請求事件
いわゆる事件名 西日本ジェイアールバス事件
争点
事案概要  使用者にはできるだけ労働者が指定した時季に休暇を取れるように配慮する義務があり、代替要員の確保の努力をせず、また恒常的な要員不足により常時代替要員の確保が困難である場合には、バス運行業務の一部ができなくなるおそれがあっても、事業の正常な運営を妨げる場合には当たらないとして、時季変更権を行使した使用者に損害賠償の支払を命じた事例。
参照法条 労働基準法39条4項(旧3項)
体系項目 年休(民事) / 時季変更権
裁判年月日 1996年4月18日
裁判所名 金沢地
裁判形式 判決
事件番号 平成3年 (ワ) 211 
裁判結果 認容,一部棄却(控訴)
出典 タイムズ925号198頁/労働民例集47巻1-2号91頁/労働判例696号42頁/労経速報1597号12頁
審級関係
評釈論文 西村依子・労働法律旬報1389号16~17頁1996年8月10日/仙波啓孝・平成9年度主要民事判例解説〔判例タイムズ臨時増刊978〕286~288頁1998年9月/名古道功・労働法律旬報1389号11~15頁1996年8月10日/野田進・ジュリスト1110号176~179頁1997年4月15日
判決理由 〔年休-時季変更権〕
 (3) しかし、労働基準法三九条の趣旨に照らせば、使用者にはできるだけ労働者が指定した時季に休暇を取れるように状況に応じて配慮することが要請されているというべきであるから、使用者が、代替要員の確保努力や勤務割りの変更など使用者として尽くすべき通常の配慮を行えば時季変更権の行使を回避できる余地があるにもかかわらず、これを行わない場合や、恒常的な要員不足により常時代替要員の確保が困難であるというような場合には、右(2)記載の事由が存したとしても労働基準法三九条四項ただし書にいう「事業の正常な運営を妨げる場合」に当たらないと解すべきである。
 (4) そこで、本件についても、これらの前提が満たされているか否かを検討することとする。
 ア 被告の運転係においては、各日に年休の時季指定を行う者の数は、通常の日は一日当たり零名から四、五名間である(甲二号証、乙六号証)。
 また、右の時季指定は、原則的には前月の二〇日までに年休申込簿に記載して行われることから、このような方法によった時季指定については、当該日までに少なくとも一〇日間程度の時間的な猶予が存在する。
 他方、被告の運転係が担当する主な業務は、一般路線又は高速路線の所定行路を運行する定期路線バス、貸切バス、臨時バスの運行であり、そのほかに、他の営業所への助勤、研修等にも要員を割かなければならない(証人Aの証言)。これらのうち、定期路線バスの所定行路の運行に必要な人員数は一定である。また、そのほかの貸切バス、臨時バスについても、事業計画、過去の実績、車両の保有台数などからある程度業務量を予想することができると考えられ、少なくとも、人員的な面で被告の業務能力の限度を超えると判断される場合には、貸切バス等の受注を制限するなどの方法によって、被告自身による業務量の調節が可能なものである。また、助勤、研修などについても、右と同様に、事前の予測がある程度可能であると考えられ、その実施時期、人数等の調整についても被告自身による調節が可能であると考えられる。
 しかし、証人Aの証言及び弁論の全趣旨によれば、被告は、営業上の必要から、貸切バスの運行など業務の受注については、人員の状況等を特に勘案することなくこれを引き受け、その結果、当該日に要員が不足すると見込まれる場合には、年休の時季指定のある日について時季変更権を行使してその要員を確保し、それでも足りない場合には、特休予定者や公休予定者に出勤を求めてこれに対処していたが、一方で、年休申込簿によって時季指定された日に通常の人員配置のままでは労働者が年休を取得できないことがあらかじめ明らかな場合については、時間的な余裕があっても、病気など特別の場合を除けば、他の休日予定者との調整を行うなどのことによって代替要員を確保して労働者に時季指定の日に年休を取得させようとする努力は一切試みようとせず、漫然と時季変更権を行使して乗務員を就労させたことが認められる。
 イ また、昭和六三年度及び平成元年度における被告の金沢営業所の運転係の業務量と要員の状況とを検討すると次のようなこととなる。
 すなわち、被告の定期行路数は、昭和六三年四月一日時点では三二であったものが、同年八月三〇日には三五、平成元年七月一六日には三八、平成二年三月一〇日には三八と変化しているが、右の各期における業務量とこれの期間における助勤、貸切、研修等の各要員数、運休行路数の各実績値をもとにして、これを支障なく遂行するために運転係(この中には、運転管理業務の補助等の日勤を兼務する者及び助役を兼務する者も含めるが、右以外の他職からの応援は含めないものとする。)一名に求められる年間必要稼働日数を算出すると別紙計算書記載のとおりとなる。
 他方、就業規則において定められている休日は、公休日が年間五二日、特休日が年間二六日、国民の祝日及び年末年始の休日が一六日(昭和六三年)ないし一七日(平成元年)であり、その合計は九四日(昭和六三年)ないし九五日(平成元年)である。
 そこで、年間日数三六五日から前記の各期ごとに求めた年間必要稼働日数を控除した日数から、さらにこれらの休日を差し引くと、昭和六三年四月一日から同年八月二九日までは、三三・六日となるが、同月三〇日から平成元年三月三一日までは九・八日、同月一日から同年七月一五日までは一八・七日、同年七月一六日から平成二年三月九日まではマイナス一〇・九日、同月一一日から同月三一日まではマイナス六・八日となる。
 右は他職からの応援を除いたものであるので、現実には他職からある程度の応援があるものとしても、他方において、日勤との兼務者や助役との兼務者が一般の運転係と同程度の運転業務を行うことは期待できないことも考慮に入れれば、被告の金沢営業所の運転係として勤務する者は、昭和六三年八月三〇日以降は、要員状況の面からも年休がとりにくくなり、特に平成元年七月一六日から平成二年三月三一日までの間は、その傾向が著しく、要員の不足が常態化しているものと認めることができる。
 ウ そのため、現実に、年休申込簿に記載して行われた時季指定についてだけをみても、平成元年度において原告が時季指定した二五日分(条件付きの指定は除く。)のうちの一七日について時季変更権が行使されているだけでなく、昭和六三年度においても原告が時季指定した一三日中の八日分という高い割合で時季変更権が行使されており(甲二号証ないし同四号証、同一一号証、同一五号証、乙五号証、同一〇号証、証人Aの証言、原告本人尋問の結果)、このような状況が、原告についてだけの特殊なものでなかったことは、別紙「人員状況等一覧表」記載の時季変更権行使の状況からも明らかなところである。
 エ そこでこれらの事実に照らせば、別紙「人員状況等一覧表」記載の被告の時季変更権の行使は、そのいずれについても、使用者として年休の時季指定がなされた場合に行うべき通常の配慮が尽くされておらず、また、平成元年七月一六日から平成二年三月三一日までの間になされた時季変更権の行使については、運転係の要員の不足が常態化したまま行われたものであるというべきであるから、いずれにしても、これらの時季変更権の行使は労働基準法三九条四項ただし書にいう「事業の正常な運営を妨げる場合」との要件を満たさない違法なものであると解すべきである。