全 情 報

ID番号 06808
事件名 損害賠償請求事件
いわゆる事件名 札幌セクシュアルハラスメント事件
争点
事案概要  女子従業員に対し、性的関係を要求したり、身体を触ったりした会社社長に対する損害賠償請求につき、右セクシュアルハラスメントは不法行為を構成するとして、社長及び会社の損害賠償責任を認容した事例。
参照法条 民法44条1項
民法709条
商法78条2項
商法261条3項
有限会社法32条
体系項目 労基法の基本原則(民事) / 均等待遇 / セクシャル・ハラスメント、アカデミック・ハラスメント
裁判年月日 1996年5月16日
裁判所名 札幌地
裁判形式 判決
事件番号 平成7年 (ワ) 2626 
裁判結果 一部認容(確定)
出典 タイムズ933号172頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔労基法の基本原則-均等待遇-セクシャル・ハラスメント〕
 一 性的嫌がらせ行為等の存否
 1 別表「証拠」欄記載の証拠によれば、同表「原告の主張」欄記載の事実をすべて認定することができる。
 2 被告らは、仕事をする能力がなかったために退職した原告が、性的嫌がらせを受けたために退職を余儀なくされたなどと虚偽を述べている旨主張する。
 しかし、(一)原告は、被告会社に勤務している間に、Aに「そろそろやばい。助けて。やられそう。」などと告げていたほか、被告会社との関連会社で近くにある株式会社Bに勤務するC、D及びEなどに対しても、被告Yから受ける性的嫌がらせについて相談していたこと(原告本人、A証言、甲二、甲一〇)、(二)原告は、被告会社に関係のない複数の友人に対しても、被告Yから受けている性的嫌がらせを打ち明けて相談し、弱気な様子も見せていたこと(原告本人、甲三ないし六)、(三)被告Yの指示により、Aが右Bに行かされることがよくあり、その間、事務所には原告と被告Yだけが残る状態となったが、Aは右Bでは特に用事がないことが多く、仕事がなくて時間を持て余すことも三、四回程あったこと(甲二、甲一〇)、(四)原告は、被告会社に就職することにより自動車関係の仕事につくという念願がかない、仕事上の失敗があって被告Yから叱責されたり、前記認定のような性的嫌がらせ等を受けても我慢していたが、別表「原告の主張」12のとおり、同年六月一五日夜の被告Yの性交要求が余りにも執拗であったため、ついに自ら退職を申し出ざるを得なくなったこと(原告本人)からすれば、原告は、被告会社に勤務している間に、被告会社内などで被告Yと二人だけになって原告の主張するような性的嫌がらせ行為等を再三受け、そのために退職するに至ったことが裏付けられ、被告らの右主張は根拠がない。
 なお、右認定に反する被告Y本人の供述は、それ自体不自然で曖昧な点が多く、信用できない。
 二 被告らの責任
 1 被告Yの責任
 前記一1認定の事実によれば、被告Yが原告に対し継続的に性的嫌がらせ行為等を行うことにより、故意に原告の性的自由を侵害し、かつ、その結果原告を被告会社から退職することを余儀なくさせたことが認められるので、被告Yは原告に対する不法行為責任を免れない。
 2 被告会社の責任
 (一) 被告Yが右のとおり不法行為責任を負う場合、被告会社もまた有限会社法三二条、商法七八条二項、民法四四条一項により損害賠償責任を負うか否かは、結局、右不法行為が、被告Yが「職務を行うにつき」なされたか否かにかかる。
 (二) この点に関し、関係各証拠から認められる事実(前記認定の事実及び争いのない事実を含む。)は、次のとおりである。
 〔1〕 原告は、かねて二〇歳になったら正社員として働くことと自動車関係の仕事につくことを希望していたところ、被告会社に入社することによってその希望がかなったこと(原告本人)
 〔2〕 被告Yは、被告会社の代表取締役で、実質的なワンマン経営者であり原告の事実上の雇用主であったこと(A証言、原告本人、被告本人)
 〔3〕 被告Yは、別表「原告の主張」1の行為を被告Y宅から事務所への「定時連絡」として行ったり、同8の行為を、仕事上の注意を与えるためとして、原告を呼びつけて自分の側に座らせて行うなど、被告会社の経営者の職務の形を利用して行っているものがあること(A証言、原告本人)
 〔4〕 被告Yは、原告に交際を迫り、あるいは性交を強要する際、「お前は俺と関係を持てば仕事ができるようになるから。」「仕事をしていく上で、男同士だったら同士にもなれるし仲間にもなれるけれども、男と女は、まして年が離れているんだから、共通の話題というのは、みんなが分かるセックスの話しかない。」「辞めるのか、自分と関係を持つのか。」など、仕事の話とからめて性的な発言を繰り返し、雇用主たる地位を利用していたこと(甲一〇、A証言、原告本人)
 〔5〕 被告Yの性的嫌がらせ行為等は、別表「原告の主張」4以外の行為はすべて原告の勤務時間中に行われているほか、右4の行為に関しても、勤務時間外に原告と被告Yがトラック内で二人だけとなったのは、被告会社の飲み会の後に原告所有の自動車をトラックに積載して送り届けるという被告Yの申し出を、原告が断わり切れなかったことによるものであること(原告本人)
 〔6〕 被告Yの右各行為は、その多くが事務所内で行われているほか、その余の行為も、事務所と部屋続きの被告Y宅や被告Y又は被告会社が所有し、被告Yが運転する乗用車内やトラック内で行われたものであること(なお、被告Yが運転する乗用車に原告が同乗したのは、原告の勤務時間中で、被告Yの指示によって買い物に同行するためであった。)(原告本人)
 〔7〕 被告Yは、被告会社の経営者という地位を利用して、Aを、特に用事がないのに前記Bに行かせたり、事務所外で洗車作業に従事させるなどして、事務所内に原告と二人だけとなる状況を作り出したうえで、原告に対し性的嫌がらせに及んでいたこと(丙川証言、原告本人)
 (三) 右各事実を総合すると、被告Yの各行為はいずれも、被告会社の代表取締役である被告Yが、原告がようやくかねての希望がかなって被告会社に入社できたことを知りながら、原告の勤務時間中あるいはこれに準ずる時間帯に、被告会社の事務所内や被告会社の代表取締役としての被告Yの管理支配の及ぶ場所において、しかも、被告会社の代表取締役としての職務権限を用いて行われたものというべきである。そして、このことと、被告Yの一連の行為が原告の被告会社に在職中の約一か月半の間に継続的に行われたもので全体として一個の不法行為と評すべきことを考えると、右不法行為は、被告Yの代表取締役としての立場と密接不可分で、その職務執行を離れては実現され得ないものであって、結局、右不法行為は、被告Yが職務を行うにつきなされたものというべきである。
 三 損害
 前記認定のように、被告Yが、原告に性交を迫ったほか、性的言動を繰り返し、あるいは抱きついたりベッドに押し倒す等の実力行使に及んだことは、原告に対し、性的羞恥心、嫌悪感を催させ、それ自体精神的苦痛を与えるものであることは言うまでもない。それのみならず、希望がかなって勤務するようになった被告会社を、その代表取締役である被告Yの理不尽な性的嫌がらせ行為等によって退職せざるを得なくされた原告の精神的苦痛にもまた、十分な慰謝が必要と認められる。
 これらの事情や、原告が本件当時二〇歳の女性であったこと、原告の被告会社における在職期間や職種、被告Yの行為の内容、態様、その頻度、被告Yには自己の非を認めて謝罪する等の誠意ある態度が全く見られないことなど、諸般の事情を考慮すると、原告の精神的損害に対する慰謝料の額は、七〇万円とするのが相当である。