全 情 報

ID番号 06827
事件名 損害賠償請求事件
いわゆる事件名 旺文社事件
争点
事案概要  出版会社の従業員が勤務時間中に会社内で心筋梗塞で死亡したことにつき、死亡と業務との間に相当因果関係があるとして、遺族が会社の安全配慮義務違反を理由として損害賠償を請求した事例。
参照法条 民法415条
体系項目 労働契約(民事) / 労働契約上の権利義務 / 安全配慮(保護)義務・使用者の責任
裁判年月日 1996年7月19日
裁判所名 千葉地
裁判形式 判決
事件番号 平成4年 (ワ) 1431 
裁判結果 棄却(控訴)
出典 時報1596号93頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔労働契約-労働契約上の権利義務-安全配慮(保護)義務・使用者の責任〕
 原告らは、亡Aの本件中国課長としての業務は極めて過重なものであった旨を主張する。
 たしかに、亡Aの本件中国課長としての業務は、前記のとおり、出張業務と内勤業務とに分かれ、出張業務は、飛行機で広島市に赴き、ビジネスホテル等に宿泊して、そこを拠点にレンタカー等で広島県や山口県内の高等学校等を訪問し、教師等に面会して、被告会社出版にかかる教科書や参考書等の使用を働きかけ(売り込み)、被告会社主催の模擬試験への参加を勧誘するというものであり、内勤業務は、本社での会議に出席するほか、出張の準備をし(出張計画表・経費概算請求書の作成提出、資料の収集等)、あるいは、出張後の業務報告書等を作成提出し、更には、東京都内の担当地域の高等学校等を訪問して出張業務と同じ営業活動をするというものであって、出張業務と内勤業務とがほぼ一週間ごとに繰り返されるものであり、そして、教育事業局推進部は昭和五六年一〇月に同局に設けられた新しい部であって、配置人員も決して多いとはいえず、亡Aの出張回数も、昭和五七年三月一二日に本件狭心症を発症するまでの間に六回・四六日に及んでおり、それまでの事業局庶務課長代理時代に比べて格段に多くなっていること、それに伴って身体的心理的負担が増加したであろうことは、否定できない。
 しかしながら、〔1〕亡Aの本件中国課長としての業務は右のとおりであってそれ以上のものではなく、出張業務においても、訪問先が主として高等学校であってみれば、さほど遅くまで業務を遂行していたものとも認められず、また、少なくとも当時においては推進部にはノルマというほどのものはなかったこと、〔2〕亡Aは、本件中国課長に就任した昭和五六年一〇月九日からその死亡する昭和五七年三月一二日までの一五五日間において九九日ほど勤務しているが、五六日間は休んでおり(休日一に対して勤務日一・七七)、右九九日の内の四六日は出張業務であったものの、五三日は内勤業務であって、内勤業務においては残業はほとんどなかったこと、〔3〕亡Aの出張業務を推進部の他の七名の課長と比べても、前記認定のとおり、その出張日数等においてはほぼ同じであって、亡Aのみが多いものとはいえないこと、〔4〕亡Aは、かつてかなりの期間営業に従事したことがあり、特に広島市には四年近くも住んで、中国支局長等として勤務していたこと、〔5〕亡Aは、死亡する前々日と前々々日に二日続けてゴルフに行っていること、以上の諸点を考慮すると、たとえ出張先での亡Aのレンタカー運転を勘案しても、亡Aの本件中国課長としての業務が同人の健康を害するほどにそれ自体過重ないしは極めて過重なものであったとは未だいい難いものというべきである。〔中略〕
 (1) 〔中略〕亡Aは、昭和五七年三月一二日までにその冠動脈に強度の内腔狭窄を有するに至っており、このような状態のもとにおいて、同日の午前四時頃と午前七時頃の二回にわたって、何らかの原因により冠動脈内の動脈硬化部に生じたプラークが破裂して血小板血栓が生じ、これが右狭窄とあいまって冠動脈の血流を一時的に低下させたため本件狭心症(安静不安定狭心症)が発症したものと推認される。
 〔1〕亡Aの業務それ自体が同人の健康を害するほどに過重とはいえないものであったことは前示のとおりであり、〔2〕そして、亡Aが本件中国課長に就任してから本件狭心症を発症するまでの期間はわずか五か月であること、〔3〕他方、狭心症を発症させる要因としては、加齢のほかに、永年にわたる高コレステロール血症、高血圧、喫煙、糖尿病、肥満、運動不足、ストレス、A型行動等があるところ、亡Aはやや肥満であり、喫煙量も少なくないこと、以上の点を考慮すると、本件において、亡Aが本件中国課長としての業務を遂行することによって冠動脈の硬化による内腔狭窄が生じこれを基盤として本件狭心症を発症させるに至ったものとは未だいえないというべきである(亡Aの本件狭心症の発症は、その中国課長としての業務の遂行とは無関係なものと認むべきである。)。
 したがって、亡Aの業務と本件狭心症の発症との間にはいわゆる条件的因果関係はないものというべきであり、原告らのこの点に関する主張は採用することができない。〔中略〕
 (一) 原告らは、「(1)被告会社は、亡Aの本件中国課長就任後の業務が極めて過重であったのであるから、本件中国課に人員を増員し、もってその業務の軽減を図るべきであったのに、これを怠った。(2)被告会社は、亡Aの本件中国課長就任後の業務が極めて過重であったのであるから、亡Aに適切な健康診断を実施してその脳心臓疾患等の過労性疾病の早期発見に努めるべきであったのに、これを怠った。(3)被告会社は、昭和五七年二月二二日頃に、亡Aから、「健康状態不良」と記載された業務報告書の提出を受けたのであるから、直ちに適切な健康診断を実施し、また、以後の出張を中止させるなど適切な業務軽減措置を講じるべきであったのに、これを怠った。(4)更に、被告会社は、昭和五七年三月一二日の朝、亡Aから、当日の健康状態が不良である旨の連絡を受けたのであるから、亡Aに対して当日の出社を控えさせるべきであったのに、これをしなかった。(5)また、亡Aが出社した後は、亡Aをして直ちに医療機関で受診させるなどの措置を講じるべきであったのに、これを怠り、また、亡Aをして一人で離席させるべきではなかったのに、離席させた。」旨を主張する。
 (二) しかし、仮に亡Aの業務の遂行と本件狭心症及び本件心筋梗塞との間に条件的因果関係及び相当因果関係があるとしても、右(1)及び(2)については、亡Aの本件中国課長としての業務が同人の健康を害するほどに過重なものであったといえないことは前示のとおりであるから、原告らの主張はその前提を欠くものであり、右(3)については、亡Aは、上司にあたるB推進部長からその後の状態を尋ねられて、「その後は大丈夫であった。」旨を答えているのであるから、被告会社において亡Aにつき適切な健康診断を実施し、また、その業務軽減措置を講ずべきであったとまではいい難く(なお、被告会社は、その後、呼吸器検診とはいえ健康診断を実施しており、亡Aがその際に自己の健康状態が不良である旨を訴えた事実はない。)、右(4)については、亡Aは課長であって自己の判断と責任において出社を決定したものと認められ、上司に出社の要否を尋ねたりあるいは休暇の申請をしたりしたわけではないから、たとえ、亡Aに出張の準備のために出社しなければならない事情があったとしても、被告会社の上司にこれを控えさせる義務があったとまではいえず、右(5)についても、亡Aは、出社後は一応通常どおりに仕事をしていたのであって、外形的には何ら異常と認めるべき事情はなかったのであるから、被告会社の上司に亡Aをして直ちに医療機関で受診させるべき義務があったとはいえず、また、亡Aをして一人で離席させてはならない義務があったものともいえない。