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ID番号 06829
事件名 強制連行労働者等に対する未払賃金等請求事件
いわゆる事件名 不二越挺身隊事件
争点
事案概要  第二次大戦中に朝鮮半島から女子挺身隊として募集され、あるいは徴用されて来日し工場で労働に従事し昭和二〇年に帰国していた者が賃金が未払であるとして、右未払賃金を請求した事例。
参照法条 民法166条
民法174条
民法724条
労働基準法3章
体系項目 雑則(民事) / 時効
裁判年月日 1996年7月24日
裁判所名 富山地
裁判形式 判決
事件番号 平成4年 (ワ) 263 
裁判結果 棄却(控訴)
出典 タイムズ941号183頁/労働判例699号32頁
審級関係
評釈論文 松本克美・ジュリスト1118号117~120頁1997年9月1日
判決理由 〔雑則-時効〕
 原告らは、被告に対して月額九九円の賃金債権(本件賃金債権)を有しており、このことに、当時施行されていた工場法施行令二二条には「賃金ハ毎月一回以上之ヲ支払フベシ」と規定されていたこと、民法六二四条二項の規定、及び、昭和二〇年当時、被告においては月給制で賃金が支給されていたこと(甲二〇)をあわせ考えると、原告らの右賃金債権の履行期は、遅くとも、原告らが被告において就労していた期間の毎月末日であったと認めるのが相当である。したがって、右賃金債権の消滅時効の期間は一年となる(同一七四条一号)。
 (二) ところで、消滅時効の始期を定めている民法一六六条一項にいう「権利ヲ行使スルコトヲ得ル時」とは、単にその権利の行使につき法律上の障害がないというだけではなく、さらに権利の性質上、又は、債権者の個人的事情を越えた客観的、一般的状況に照らして、その権利行使が現実に期待できるものであることが必要であると解するのが相当である。
 そこで、これを本件について検討する。
 (1) まず、原告らが被告工場で働くようになってから帰国するまでの間についてみると、この間の原告らと被告との関係は既に前記第一において詳しく判示したとおりであり、このことに、当時の日韓関係、第二次世界大戦の戦局及び日本国内の社会情勢に照らすと、右の間は、原告らが、本件賃金債権を行使することを現実に期待できる状況でなかったというべきである。
 (2) 次に、原告らが帰国した後の時期について、検討する。
 〔1〕 昭和二〇年八月一五日に、終戦となったが、これと同時に、朝鮮は従前の日本の植民地支配を離れ独立し、しかもこの時以降日本と国交のない状態が続いたことは前記判示のとおりである。
 〔2〕 その後、昭和四〇年に、日本国と大韓民国との間で国交が樹立され、同時に日韓協定が締結され、同協定二条三項で、「一方の締結国及びその国民の財産、権利及び利益であってこの協定の署名の日に他方の締結国の管轄下にある者に対する措置ならびに一方の締結国及びその国民の他方の締結国及びその国民に対する全ての請求権であって同日以前に生じた事由に基づくものに関しては、いかなる主張もすることができないものとする。」と規定された。これを受けて、日本国は、本件措置法を制定し、その一条で、大韓民国又はその国民の財産権であって、日韓協定二条三項の財産、権利及び利益に該当するものは、昭和四〇年六月二二日において消滅したものとすると定め、消滅する財産権として、同条一号に「日本国又はその国民に対する財産権」が規定された。そして、この当時の日本国政府見解は、日韓協定により日本と韓国との間の請求権問題はすべて解決され、日韓両国及び両国民は、相互に請求権に関するいかなる主張もできず、この請求権の中には朝鮮人労働者に対する賃金も含まれるというものであった。(乙六)
 〔3〕 日本国政府は、平成三年八月二七日に至って、日韓協定は、日韓両国が国家として持っている外交保護権を相互に放棄したもので、個人の請求権そのものを国内法的な意味で消滅させたものではない、日韓両国間で、政府としてこれを外交保護権の行使として取り上げることができない意味である旨の見解を公式に明らかにした。(甲一九)
 以上〔1〕ないし〔3〕及び前記第一に判示した経過からすると、平成三年八月二七日に日本国政府の右見解が表明されるまでは、原告らの個人的事情を越え、かつ原告らの関与可能性のない客観的、一般的状況により、原告らが本件賃金債権を行使することは現実に期待しえない状態にあり、右の政府見解の表明された時をもって、右権利行使が現実に期待できることとなったものというべきである。
 そうすると、本件賃金債権の消滅時効の起算日は、平成三年八月二八日ということになる。
 (三) よって、本件訴訟が提起されたのは、右の起算日から一年以上経過した平成四年九月三〇日であるから、本件賃金債権は、時効により消滅したことになり、消滅時効の抗弁は理由がある。〔中略〕
 1 原告らの主張する国際人権法に基づく損害賠償請求権は、その主張する違法行為によって原告らに生じた損害の賠償を請求する権利であるから、実質的には、不法行為に基づく請求権と本質を同じくするものと評価できる。したがって、その違法行為の行為地は日本であるから、その効力については日本法によることになるものと解される(法例一一条一項)。
 2 右に判示したところからすれば、国際人権法違反に基づく損害賠償請求権も、民法上の不法行為に基づく損害賠償請求権と同様、除斥期間の経過による消滅の対象となるものというべきであり、右両請求権とも、発生要件たる行為の時から二〇年の経過をもって除斥期間の満了により消滅することになる。そして、この行為の時とは、継続的な不法行為の場合は、この不法行為を構成する個々の加害行為ごとに検討するのが相当である。
 本件の場合、前記認定の事実関係によれば、原告李及び原告崔は昭和二〇年七月に帰国して被告の実質的支配から離脱し、原告高は、遅くとも同年一一月には帰国して被告の実質的支配から離脱したと認められるから、被告の原告らに対する国際人権法違反の行為又は民法上の不法行為を構成する加害行為は、右各時点をもって終了し、遅くとも右各時点には除斥期間の進行が開始したものというべきである。
 なお、右加害行為は、当該時点において、即時に原告ら主張のような損害を発生させる性質のものと理解されるから、原告ら主張の如く、その後において後遺症が継続しているとしても、そのことでは、除斥期間の起算点に関する右の判断は左右されない。
 3 よって、原告ら主張の前記各損害賠償請求権は、仮にそのような請求権が認められたとしても、原告X1及び原告X2については、遅くとも昭和四〇年七月末日までに、原告X3については、遅くとも同年一一月末日までに、除斥期間の経過により法律上当然に消滅したものといわざるをえない。
 4 なお、民法七二四条後段の規定は、除斥期間を定めたものと解すべきであり、これは、被害者の認識の如何を問わず一定の時の経過によって、当然に法律関係を確定させるため請求権の存続期間を画一的に定めたものと解される(最高裁判所平成元年一二月二一日第一小法廷判決・民集四三巻一二号二二〇九頁参照)から、加害行為があり、損害が発生して損害賠償請求権が成立した以上、除斥期間は進行を開始し、その後の事情を問わず除斥期間は進行するというべきである。
 原告らは、除斥期間の起算点は右各損害賠償請求権の行使が現実的に可能となった平成三年八月二七日以降であると主張するが、右に述べた理由により、採用できないというべきである。