全 情 報

ID番号 06835
事件名 損害賠償請求控訴事件
いわゆる事件名 長崎伊王島じん肺事件
争点
事案概要  炭鉱の粉じん作業に従事してきた労働者がじん肺に罹ったことにつき、使用者の雇用契約上の安全配慮義務違反を理由とする損害賠償を請求した事例。
参照法条 民法415条
体系項目 労働契約(民事) / 労働契約上の権利義務 / 安全配慮(保護)義務・使用者の責任
裁判年月日 1996年7月31日
裁判所名 福岡高
裁判形式 判決
事件番号 平成6年 (ネ) 1070 
平成7年 (ネ) 120 
裁判結果 一部変更,一部控訴棄却(上告)
出典 時報1585号3頁/タイムズ931号237頁
審級関係 一審/06722/長崎地/平 6.12.13/昭和60年(ワ)580号
評釈論文
判決理由 〔労働契約-労働契約上の権利義務-安全配慮(保護)義務・使用者の責任〕
 当裁判所も、一審原告ら元従業員の従事した本件各炭坑における掘進、採炭、仕繰、坑内運搬等の坑内作業、選炭作業の各作業から発生する粉じんの吸入によるじん肺の罹患を回避するためには、適切な防じん措置等の実施が不可欠であるところ、一審被告には、発じん抑制(散水、さく岩機の湿式化等)、粉じん曝露回避措置(坑内通気、防じんマスク、発破作業)、健康管理(健康診断、作業転換)、じん肺教育等の面における安全配慮義務の不履行があり、一審原告ら元従業員は一審被告の右安全配慮義務の不履行に因り大量の粉じんを吸入し、じん肺に罹患したというべきであり、また、一審被告の右安全配慮義務の不履行は、少なくとも過失、昭和二五年以降は重大な過失に基づくものであり、一審被告には右安全配慮義務に基づく結果回避措置の期待可能性の不存在等の有責性の不存在事由は認められないと判断する。〔中略〕
 一審原告ら元従業員は、一審被告の安全配慮義務の不履行によって、じん肺に罹患したのであるから、一審被告は右じん肺罹患に因って一審原告ら元従業員に生じた損害を賠償する義務を負う。〔中略〕
 1 慰謝料算定の事情に関し、原判決二七一頁四行目から八行目までの全文を次のとおりに改める。
 「しかし、一審原告らの提訴の様式及び意向を慰謝料の算定における一事情として考慮するのは、主として本件損害賠償請求の根拠事実であるじん肺の病像が不可逆的で進行性の性質を有するとされているのに、これを事実審の口頭弁論終結時点におけるじん肺症の経過及び症状の程度に応じて慰謝料額を算定せざるを得ないことに依拠するものであって、もとより、慰謝料としての賠償の中に、実質的には逸失利益の賠償を取り込むことを意味するものではない。そうすると、一審原告ら元従業員又は遺族一審原告らが、逸失利益の賠償の性質を有する労災保険法等による保険給付を受けている場合にも、その事実を慰謝料の算定に際し考慮に入れるにしても、これを過大に評価することは相当でない。」〔中略〕
 7 慰謝料額の算定に関し、原判決三二〇頁一〇行目から三二二頁一〇行目までの全文を次のとおりに改める。
 「以上検討したすべての事情、即ち、一審原告ら元従業員の労働能力の喪失又は低下を含む健康被害の程度、じん肺の特質、一審被告の安全配慮義務不履行の態様・程度、一審原告らの本訴提起の態様・意向、各種保険金受領の有無、じん肺協定の内容、安全配慮義務履行の困難な時期の存在等、なかんずく一審原告ら元従業員が一審被告の経営する炭鉱において長期間にわたって炭鉱労務に従事した結果、じん肺に罹患したものであり、じん肺が重篤な進行性の疾患であり、現在の医学では治療が不可能とされ、進行する場合の予後は不良であること、本件における一審原告ら元従業員の症状は多様であるが、症状が重篤である者は、長期間にわたって入院し、あるいは入院しないまでも寝たり起きたりの状態であったり、呼吸困難のため日常の起居にも不自由を来すという状況にあり、そのままじん肺に伴う合併症により苦しみながら死亡した者もあること、症状が比較的軽度である者でも、重い咳や息切れ等の症状に苦しみ、坂道等の歩行は困難で、家でも休んでいることが多く、夜間に重い咳が続いたり呼吸困難に陥る者もあること、単純管理二、管理三の決定を受けた者のじん肺症の程度を軽視することは許されないこと、一審原告ら元従業員は、一審被告を退職した後じん肺の進行により徐々に労働能力を喪失し、或いは喪失の過程にあること、一審被告は一審原告ら元従業員の雇用者として、健康管理・じん肺罹患の予防につき深甚の配慮をなすべき立場にあったこと、本訴請求は慰謝料を対象とするものであるが、物質的賠償は別途請求するというものではなく、かえって一審原告らはいかなる形態にしろ別訴を提起する意思のないことを訴訟上明確に宣明しこれに拘束されていること等を総合考慮して、一審原告ら元従業員のじん肺罹患に因る慰謝料額を次の基準によって算定するのが相当である。
 (一) じん肺死、共同原因死、管理四該当者 二三〇〇万円
 (二) 管理三該当者で合併症のある者 一八〇〇万円
 (三) 管理三該当者で合併症のない者 一五〇〇万円
 (四) 管理二該当者で合併症のある者 一四〇〇万円
 (五) 管理二該当者で合併症のない者 一〇〇〇万円
 (六) 管理二該当者で合併症も肺機能障害もない者 九〇〇万円
 (七) 管理三相当で合併症があり、特別の加算事由のある者 一九八〇万円〔中略〕
 原判決三六二頁末行から三六三頁五行目までの全文を次のとおり改める。
 「もっとも、一審原告ら元従業員又は遺族一審原告らが労災保険給付を含む各種の保険給付を受けていることを慰謝料算定の一事情として考慮することまでが許されないものではないし、前記慰謝料の算定にあたって、これを考慮にいれたことは、これまでの説示に照らし明らかである。しかし、一審原告らの本訴請求は、生命、身体、人格、財産等一切に生じた損害に起因する精神的損害に対する慰謝料を請求しているのであって、慰謝料としての賠償の中に実質的には逸失利益の賠償を取り込むことを意味するものではないうえ、右保険給付も、各人のじん肺症の経過及び程度に応じた物質的損害を填補しているものであるから、その事実を慰謝料の算定に際し考慮に入れるにしても、これを過大に評価することは相当でない。そうすると、労災保険金等受給の有無や既に受給している金額の多寡と前記慰謝料の算定額との間に仮に不均衡があったとしても、これを異とするに足りない。」