全 情 報

ID番号 06841
事件名 地位保全等仮処分申立事件
いわゆる事件名 草加ダイヤモンド交通事件
争点
事案概要  タクシー会社が就業規則を一部変更して、日勤制を廃止し、深夜業を伴う隔日勤務制のみの勤務形態にしたところ、その変更に従って深夜業を伴う隔日勤務制に就かなかった女子乗務員を解雇したことに対して、右女子乗務員が解雇の効力を争った事例。
参照法条 労働基準法89条1項3号
労働基準法64条の3
体系項目 解雇(民事) / 解雇権の濫用
裁判年月日 1996年8月16日
裁判所名 浦和地越谷支
裁判形式 決定
事件番号 平成7年 (ヨ) 77 
裁判結果 認容,一部却下
出典 労働民例集47巻4号357頁/労働判例703号39頁/労経速報1627号3頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔解雇-解雇権の濫用〕
 債権者は、当初、週五日勤務して土曜、日曜日休みの形態で日勤の乗務員勤務をしたが、平成四年ころから債務者の指示により四日勤務して一日休みの勤務形態に変ったため、毎月予め都合の悪い日曜日などを休みにしてもらうよう申し出たりしていた。しかし、債権者は、右の勤務形態では厳しいので、その後組合に申出して、労使交渉で右問題を取り上げてもらい、平成五年一一月ころ元の土曜、日曜日休みの週五日制の勤務形態に戻してもらった。かくして、債権者は、債務者に入社後一貫して日勤の乗務員勤務をしており、深夜勤務や夜間勤務、即ち隔日勤務には全く従事したことがなかった。
 (五) 債務者では、平成四年四月当時日勤勤務者が債権者も含め一〇名いたため、債務者は、日勤制を就業規則上明確にするため、平成四年四月一日時間短縮、定年延長に関する就業規則改正の際、前記(第二の一の3)のとおり就業規則の改正を行った。〔中略〕
 (一) 債権者が債務者に雇用された平成三年七月当時、債務者を含むタクシー業界では慢性的に乗務員不足の状況にあり、車両の稼働率を少しでも上げるため、乗務員でも日勤の勤務形態も許容されており、タクシー業としては変則的な日勤の勤務形態でも乗務員として応募すれば歓迎するという状況であった。しかして、債権者が債務者に雇用された際の勤務条件については、債権者が主張するように、日勤勤務と明確に合意されていたとは認められない。債務者において日勤勤務の乗務員の雇用はごく例外的であること、債権者が特に日勤勤務でなければ勤めないというのであれば、履歴書にその旨特記してしかるべきなのに、その記載がないこと、債権者が履歴書に記載した「九月からは貴社の希望する勤務形態を優先させることができます。」というのは、九月の平日で予定した休みが僅か一日しかないことなどから、債権者の主張するように、単なる勤務時間、勤務日数について債務者の希望する勤務形態という意味には解されないことなどから。しかし、また、債務者が主張するように、原則的に深夜勤務を伴う隔日勤務をすることが合意され、ただ七、八月ないし九月のみ暫定的な日勤勤務を認めたとも認めることは困難である。もともと債権者は、家庭的、個人的事情から、深夜勤務が困難な状況にあったこと、債権者の当初申し出た日程でも九月は隔日勤務が十分可能であり、債権者も九月から債務者の希望する勤務形態を優先できると述べていたのに、債権者を隔日勤務に就かせていないこと、また、七ないし九月だけが例外で、原則的に隔日勤務の約束であれば、債権者が遅くとも一〇月からは隔日勤務に従事することがはっきりしていたのであるから、雇用した当初に、遅くとも九月までの間に、債務者において、債権者について春日部労働基準監督署に対する深夜業承認手続をとるべきなのに、右手続が全くなされていなかった。さらに、暫定的な勤務形態といいながら、債権者は一〇月以降も日勤制が廃止されるまでもっぱら日勤勤務を続けていて、深夜勤務を伴う隔日勤務には全く従事しなかったのである。これらの事実は、債務者が債権者に対し暫定的な日勤勤務を認めたということとは程遠いものであって、これについての債務者の主張は首肯できない。
 結局、債権者が債務者に雇用される際、勤務条件についての合意は極めてあいまいであって、タクシー業において一般的な勤務形態である隔日勤務について話題が出て、債権者も抽象的にはこれを承知したとしても、現実に債権者が従事していたのは日勤勤務であり、債権者が実際に日勤勤務することを債務者においても承認したものと解される。そして、その後債権者は一貫して日勤勤務を続け、債務者は、労使交渉の場においても債権者の日勤勤務について特に異議もなく、債権者の休暇のとり方について協議するなどしており、日勤制廃止にあたっても、日勤勤務者としての債権者と交渉したり通告したりするなど、債権者をもっぱら日勤勤務者として扱い、処遇してきたのであって、債務者において、債権者の実際の勤務条件としては、日勤勤務ということが確立していたとみなされるのである。〔中略〕
 しかし、乗務員の勤務形態について日勤制を廃止して隔日勤務のみに変更すると、日勤勤務していた従業員にとって、五勤二休の昼間勤務が隔日の昼間夜間深夜勤務となるのであって、単に勤務時間の変更という以上に、労働者に不利益な労働条件を一方的に課することになるという面があることは否めない。のみならず、労働基準法では、女子労働者の健康、福祉の観点から、女子の深夜業は原則として禁止され、深夜業に従事することを使用者に申し出た者であって、当該申出に基づき使用者が行政官庁の承認を受けたものについては例外的に深夜業に従事させることができるとされている(同法六四条の三第一項五号)。それゆえ、債務者において、日勤制を廃して深夜業を伴う隔日勤務のみの勤務形態に変更する場合、深夜業に従事することになるために、右変更に同意しない女子従業員については労働基準法で定める深夜業従事の申出を強制される結果になり、女子の深夜勤務を禁止した労働基準法にも違反することになる。女子従業員にも一律に、深夜業従事の申出の有無にかかわらず日勤制を廃止して隔日勤務のみにし、右申出を強制する結果となるような就業規則の変更が、女子従業員である債権者に関して合理的であるかはなはだ疑問である。
 したがって、女子従業員を深夜業に従事させるための労働基準監督署長の承認を得るために女子従業員の任意の申出が必要であるとの観点からも、かかる勤務形態、労働条件の不利益変更については、少なくとも日勤勤務に従事している女子従業員個々の同意を必要とするものであって、日勤勤務に従事していた債権者の同意がない以上、右就業規則の変更による勤務条件の変更は債権者に関しては効力を生じないのであって、債権者は隔日勤務に従事する義務はなく、隔日勤務への移行を前提にした暫定的日勤勤務に従事しなければならないものでもない。〔中略〕
 (三) 債務者は、債権者を雇用する際、債権者は隔日勤務を合意したのであるから、包括的に深夜勤務の申出をしたもので、労働基準監督署長の承認手続申請を拒否することは許されない旨主張する。しかし、債権者が雇用される際、労働条件として隔日勤務に従事することが明確に合意されてなかったことは、前認定のとおりであり、かりに債権者が抽象的に隔日勤務を承知していたとしても、その後債権者は一貫して日勤勤務を続け、債務者において債権者の勤務条件としては日勤勤務が確立していたのであるから、債権者が包括的に深夜勤務の申出をしたとみることは困難であり、日勤制を廃止して深夜勤務を伴う隔日勤務に移行した際、債権者の深夜勤務の申出が必要であり、かかる労働条件の不利益変更にあって、債権者が右申出をしなければならない義務があると解することはできない。
 3 したがって、債権者が隔日勤務という勤務条件の変更に従わなかったことが債務者の業務命令に従わなかったことに該当するとしてなされた本件解雇は解雇権の濫用に当たり、無効といわざるを得ない。