全 情 報

ID番号 06848
事件名 地位保全等仮処分命令申立事件
いわゆる事件名 住道美容事件
争点
事案概要  美容院での就業規則の変更により新たに六〇歳定年制が導入され、それにより正社員(店長)としての雇用関係を喪失した美容師が右就業規則の不利益変更を無効として地位保全の仮処分を申請した事例。
参照法条 労働基準法89条1項
労働基準法93条
体系項目 就業規則(民事) / 就業規則の一方的不利益変更 / 定年制
裁判年月日 1996年9月9日
裁判所名 大阪地
裁判形式 決定
事件番号 平成8年 (ヨ) 693 
裁判結果 却下
出典 労働判例703号29頁/労経速報1624号27頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔就業規則-就業規則の一方的不利益変更-定年制〕
 一 就業規則における定年制の新設は、一般的に言えば不利益変更ということになる。
 しかし、就業規則の不利益変更の場合であっても、当該条項が合理的なものである限り、個々の労働者が同意しないことを理由として、その適用を拒否することは許されないと解するのが相当である。
 そこで、本件定年制の新設が合理的なものといえるかであるが、就業規則の不利益の合理性の判断は、その必要性及び内容の両面からみて、それによって労働者が被ることになる不利益の程度を考慮しても、なお当該労使関係における当該条項の法的規範性を是認できるだけの合理性を有するものであるのかという視点から判断すべきものであり、右視点から本件を検討すべきである。〔中略〕
 本件定年制の定年年齢は六〇歳の賃金締切日だが、六〇歳の定年制を多数の企業が採用しているという社会情勢、美容師の平均勤続年齢が若く、勤続期間も比較的短く、六〇歳まで勤める人は他の企業に比して少ないと考えられる美容院の実状、債務者の美容師の平均年齢は他の美容院のそれより高く、美容師の入れ替わりも多くはないので、勤続期間も比較的長いとはいえるが、債権者のように六〇歳以上の美容師はいないこと、一応代償措置が講ぜられていることや前記認定のとおりの本件雇用関係と本件嘱託雇用関係の内容面での比較、本件定年制の新設にあたって、債務者は組合と十分協議をしてきたといえる等右新設までの経緯等から本件定年制の新設が労働者にあたえる不利益の程度は受忍できないほどのものとはいい難く、債務者には六〇歳定年制を制定すべき必要性も認められること等を総合すると、本件定年制の新設は、その必要性及び内容の両面からみて、それによって労働者が被ることになる不利益を考慮しても、なお当該労使関係における本件定年制の条項の法的規範性を是認できるだけの合理性を有するものということができる。
 債務者の美容師一般はともかく、債権者個人に限れば、債務者に出資したときの事情が問題となるが、Aの債権者に言った内容が前記の程度のものに過ぎないとすると、Aが債権者に対し、働けるうちは終生債務者に勤めることを約束したとは認め難く、債権者と債務者の他の美容師と別異に解する十分な事情は存しない。また、債務者に信義則違反があったとも認め難い。仮に、右債権者とAとの話し合いで、債権者が六〇歳を超えても勤めることができるという期待を持ち、それを一種の既得権的なものを得たと考えたとしても、債権者とAとの本件嘱託雇用契約締結の過程の中で、債権者は、右既得権的な期待を放棄したものといえる。なお本件嘱託雇用契約締結に際し、債権者に右契約上の債権者の法律行為を無効にする錯誤があったとは認め難い。
 債務者は、債権者が六〇歳の賃金締切日後もそれ以前の労働条件で働かせていたが、それは生命保険を退職金として支給するための手続のために過ぎず、債務者が債権者に対し、六〇歳の賃金締切日後もそれ以前の雇用条件を維持し、本件雇用関係を終了させることをやめたと認めることはできず、本件雇用関係終了の利益を放棄したとは認め難い。