全 情 報

ID番号 06850
事件名 遺族補償金及び葬祭料不支給処分取消請求事件
いわゆる事件名 京都上労働基準監督署長(ローム)事件
争点
事案概要  電子機械メーカーの営業所長が出張からの帰途で急性心筋梗塞を発症して死亡したことにつき、右労働者の遺族が右疾病による死亡と業務との間に相当因果関係があるとして、労基署長の不支給処分の取消しを求めた事例。
参照法条 労働者災害補償保険法12条の8
労働者災害補償保険法7条
体系項目 労災補償・労災保険 / 業務上・外認定 / 脳・心疾患等
労災補償・労災保険 / 業務上・外認定 / 業務起因性
裁判年月日 1996年9月11日
裁判所名 京都地
裁判形式 判決
事件番号 平成5年 (行ウ) 3 
裁判結果 認容(確定)
出典 タイムズ939号130頁/労働判例709号59頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-業務起因性〕
 1 労災保険法一二条の八第二項は、業務災害に関する保険給付(遺族補償給付、葬祭料等)は、労基法七五条ないし七七条、七九条及び八〇条所定の災害補償の事由が生じた場合に行う旨規定し、また、労基法七五条は、療養補償の支給要件として「労働者が業務上負傷し、又は疾病にかかった場合」と、同法七九条及び八〇条は、遺族補償及び葬祭料の支給要件として、「労働者が業務上死亡した場合」とそれぞれ規定しているところ、右にいう「労働者が業務上死亡した場合」とは、労働者が業務に基づく負傷又は疾病に起因して死亡した場合をいい、したがって、右負傷又は疾病と業務との間に相当因果関係のあることが必要であり、その負傷又は疾病が原因となって死亡事故が生じた場合でなければならないものと解するのが相当である〔中略〕。
 2 そこでまず、〔中略〕負傷又は疾病と業務との相当因果関係の判断方法一般について検討する。
 (一) まず、医学的知見との関係について検討するに、労働者災害補償制度との関係で要求される相当因果関係は、これが医学的知見に全く反するものであってはならないが、他方、医学的知見が対立し、厳密な医学的判断が困難であっても、所与の現代医学の枠組みの中で基礎疾患の程度、業務内容、就労状況、当該労働者の健康状態等を総合的に検討し、当該業務が負傷又は疾病を発症させた蓋然性が高いと認められるときは、法的評価としての相当因果関係があるというべきである。
 けだし、訴訟上の因果関係の立証は、一点の疑義も許されない自然科学的証明ではなく、経験則に照らして全証拠を総合検討し、特定の事実が特定の結果発生を招来した関係を是認し得る高度の蓋然性を証明することであり、その判定は、通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ちうるものであることを必要とし、かつ、それで足りる〔中略〕からである。
 (二) 次に、負傷又は疾病と業務との相当因果関係の判断基準について検討するに、相当因果関係の有無については、経験則、科学的知識に照らし、その負傷又は疾病が当該業務に内在又は随伴する危険の現実化したものであると判断されるかどうかによってこれを決すべきであると解するのが相当である。
 けだし、労基法及び労災保険法による労働者災害補償制度の趣旨は、労働に伴う災害が生ずる危険性を有する業務に従事する労働者について、右業務に内在又は随伴する各種の危険性が発現して、労働者に負傷又は疾病が生じた場合においては、使用者の過失の有無にかかわらず、その危険を負担して、被災労働者の損害を填補するとともに、被災者及びその遺族の生活を補償しようとすることにあるものと解されるからである。
〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-脳・心疾患等〕
 (一) 虚血性心疾患等が当該業務に内在又は随伴する危険の現実化したものといえるかどうかについては、被災労働者においてその直接の死亡原因となった疾病の発症前に従事した当該業務が、過重負荷、すなわち、虚血性心疾患等の発症の基礎となる病態(血管病変等)をその自然的経過を超えて急激に増悪させ得ることが医学上・経験則上認められる負荷といえる態様のものであるかどうか、を基準に判断するのが相当である。すなわち、虚血性心疾患等については、もともと被災労働者本人に、素因又は動脈硬化等による血管病変等が存在し、それが何らかの原因によって増悪して発症に至るのが通例であると考えられるところ、血管病変等の原因については、医学上、先天的な奇形等を除けば、加齢や日常生活等がその主要な原因であると考えられており、血管病変等の直接の原因となるような特有の業務の存在は、医学経験則上認められていない。しかし、個別的事案によっては、被災労働者がその直接の死亡原因となった当該業務に従事した結果、虚血性心疾患等の発症の基礎となる病態(血管病変等)をその自然的経過を超えて急激に増悪させて、虚血性心疾患等を引き起こしたと医学的に認められる場合もあり得るのであり(書証番号略)、このような場合には、虚血性心疾患等は、当該業務に内在又は随伴する危険が現実化することによって発生したものとみることができる。
 (二) 次に、右(一)において、虚血性心疾患等と当該業務との相当因果関係が認められるためには、当該業務が疾病発症の唯一かつ直接の原因である必要はなく、労働者に疾病の基礎疾患があり、その基礎疾患も原因となって疾病を発症した場合も含まれるが、その場合には、当該業務が加齢その他の原因に比べて相対的に有力な原因と認められることが必要であり、かつ、これをもって足りると解するのが相当である。
 けだし、右(一)説示のとおり、虚血性心疾患等の原因としては加齢や日常生活等も考えられ、業務そのものを唯一の原因として発症する場合は稀であり、むしろ複数の原因が競合して発症したと認められる場合が多いと考えられるところ、前記2(一)説示のとおり、訴訟上の因果関係は、一点の疑義も許されない自然科学的証明ではなく、経験則に照らして全証拠を総合検討し、特定の事実が特定の結果発生を招来した関係を是認し得る高度の蓋然性を証明するという法的因果関係で足りると解されるからである。
 そして、これを認定方法の面でいうと、虚血性心疾患等の発症について、当該業務が発症の原因となったことが否定できない場合において、他に虚血性心疾患等を発症させる有力な原因があったという事実が確定されない場合には、虚血性心疾患等の発症と業務との相当因果関係の存在を肯定することができるものと解するのが相当である〔中略〕。
 認定基準は、あくまでも下部行政機関に対する運用のための通達であって、行政の事務促進と全国斉一な明確かつ妥当な認定の確保を図り、労災補償保険給付申請者の立証責任を軽減するための簡易な基準であるにすぎないと解されるから、業務外認定処分取消訴訟の場においては、裁判所は相当因果関係の存否の判断に当たって右基準に直接拘束されることなく、医学的に未解決な部分の多い虚血性心疾患等について、右基準に拘泥することなく、被災労働者の疾病の発症と業務との間の相当因果関係が認定されることは十分あり得るものといわなければならない。したがって、この点に関する被告の主張は採用できない。
〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-脳・心疾患等〕
 Aには、冠動脈の動脈硬化などの病変があったことは確定されていないが、以上の事実を総合すれば、Aの業務は、長時間・不規則・出張の多い過重な業務だった上、クレーム処理や納期管理による継続的な心理的ストレスも加わった過重負荷であったと認めるのが相当である。そして、これに京都本社から鳥取営業所への自動車運転が直接の引き金として加わって、前記二認定の急性心筋梗塞の発症の原因となったものであることは否定できないと解される。そして、本件では、他に心筋梗塞を発症させる有力な原因があったという事実は、全く確定されていない。
 してみれば、Aの死因となった急性心筋梗塞の発症とAの業務との間には、相当因果関係の存在を肯定することができるというべきである。