全 情 報

ID番号 06902
事件名
いわゆる事件名 改進社事件
争点
事案概要  不法就労外国人も、労災事故について、損害賠償を請求しうるとした事例。
 不法就労外国人の労災事故にともなう逸失利益の計算につき、三年間は日本における実収入によるとした原審の判断を正当とした事例。
 労災事故による損害賠償額から労災保険の特別支給金は控除すべきでないとした事例。
参照法条 労働者災害補償保険法23条
労働者災害補償保険法64条
労働者災害補償保険特別支給金支給規則
体系項目 労災補償・労災保険 / 損害賠償等との関係 / 労災保険と損害賠償
労災補償・労災保険 / 損害賠償等との関係 / 不法就労者
裁判年月日 1997年1月28日
裁判所名 最高三小
裁判形式 判決
事件番号 平成5年 (オ) 2132 
平成8年 (オ) 2383 
裁判結果 棄却,一審判決一部変更
出典 民集51巻1号78頁/時報1598号78頁/タイムズ934号216頁/労働判例708号23頁/労経速報1630号3頁/裁判所時報1188号3頁
審級関係 控訴審/東京高/平 5. 8.31/平成4年(ネ)4656号
評釈論文 奥田安弘・ジュリスト1131号137~140頁1998年4月1日/岩井伸晃・法律のひろば50巻8号54~67頁1997年8月/吉村良一・私法判例リマークス〔16〕<1998〔上〕>68~72頁1998年2月/橘高栄子・立教大学大学院法学研究22号129~140頁1999年6月/窪田充見・月刊法学教室204号130~131頁1997年9月/今中秀雄・平成9年度主要民事判例解説〔判例タイムズ臨時増刊978〕110~111頁1998年9月/山川隆一・平成9年度重要判例解説〔ジュリスト臨時増刊1135〕297~2
判決理由 〔労災補償・労災保険-損害賠償等との関係-労災保険と損害賠償〕
 労働者災害補償保険特別支給金支給規則(昭和四九年労働省令第三〇号)に基づく休業特別支給金、障害特別支給金等の特別支給金の支給は、労働者災害補償保険法に基づく本来の保険給付ではなく、労働福祉事業の一環として、被災労働者の療養生活の援護等によりその福祉の増進を図るために行われるものであり(平成七年法律第三五号による改正前の労働者災害補償保険法二三条一項二号、同規則一条)、使用者又は第三者の損害賠償義務の履行と特別支給金の支給との関係について、保険給付の場合のような調整規定(同法六四条、一二条の四)もない。このような保険給付と特別支給金との差異を考慮すると、特別支給金が被災労働者の損害を填補する性質を有するということはできず、被災労働者が労働者災害補償保険から受領した特別支給金をその損害額から控除することはできないと解するのが相当である(最高裁平成六年(オ)第九九二号同八年二月二三日第二小法廷判決・民集五〇巻二号二四九頁参照)。これと異なり、上告人が労働者災害補償保険から支給を受けた特別支給金合計三五万三七八七円を上告人の財産的損害の額から控除した第一審及び原審の判断には、法令の解釈適用を誤った違法があるといわなければならない。
〔労災補償・労災保険-損害賠償等との関係-不法就労者〕
 1 本件は、在留期間を超えて我が国に残留している外国人が、被上告人有限会社Aで就労中に労災事故に被災して後遺障害を残す傷害を負ったため、使用者である被上告会社等に対して損害賠償を求めるものである。
 2 財産上の損害としての逸失利益は、事故がなかったら存したであろう利益の喪失分として評価算定されるものであり、その性質上、種々の証拠資料に基づき相当程度の蓋然性をもって推定される当該被害者の将来の収入等の状況を基礎として算定せざるを得ない。損害の填補、すなわち、あるべき状態への回復という損害賠償の目的からして、右算定は、被害者個々人の具体的事情を考慮して行うのが相当である。こうした逸失利益算定の方法については、被害者が日本人であると否とによって異なるべき理由はない。したがって、一時的に我が国に滞在し将来出国が予定される外国人の逸失利益を算定するに当たっては、当該外国人がいつまで我が国に居住して就労するか、その後はどこの国に出国してどこに生活の本拠を置いて就労することになるか、などの点を証拠資料に基づき相当程度の蓋然性が認められる程度に予測し、将来のあり得べき収入状況を推定すべきことになる。そうすると、予測される我が国での就労可能期間ないし滞在可能期間内は我が国での収入等を基礎とし、その後は想定される出国先(多くは母国)での収入等を基礎として逸失利益を算定するのが合理的ということができる。そして、我が国における就労可能期間は、来日目的、事故の時点における本人の意思、在留資格の有無、在留資格の内容、在留期間、在留期間更新の実績及び蓋然性、就労資格の有無、就労の態様等の事実的及び規範的な諸要素を考慮して、これを認定するのが相当である。
 在留期間を超えて不法に我が国に残留し就労する不法残留外国人は、出入国管理及び難民認定法二四条四号ロにより、退去強制の対象となり、最終的には我が国からの退去を強制されるものであり、我が国における滞在及び就労は不安定なものといわざるを得ない。そうすると、事実上は直ちに摘発を受けることなくある程度の期間滞在している不法残留外国人がいること等を考慮しても、在留特別許可等によりその滞在及び就労が合法的なものとなる具体的蓋然性が認められる場合はともかく、不法残留外国人の我が国における就労可能期間を長期にわたるものと認めることはできないものというべきである。
 3 原審の適法に確定するところによれば、上告人は、パキスタン回教共和国(パキスタン・イスラム共和国)の国籍を有する者であり、昭和六三年一一月二八日、我が国において就労する意図の下に、同共和国から短期滞在(観光目的)の在留資格で我が国に入国し、翌日から被上告会社に雇用され、在留期間経過後も不法に残留し、継続して被上告会社において製本等の仕事に従事していたところ、平成二年三月三〇日に本件事故に被災して後遺障害を残す負傷をしたものであり、その後も、国内に残留し、同年四月一九日から同年八月二三日までの間は別の製本会社で就労し、更にその後は、友人の家を転々としながらアルバイト等を行って収入を得ているが、出入国管理及び難民認定法によれば、最終的には退去強制の対象とならざるを得ないのであって、上告人について、特別に在留が合法化され、退去強制を免れ得るなどの事情は認められないというのである。
 原審は、右事実関係の下において、上告人が本件事故後に勤めた製本会社を退社した日の翌日から三年間は我が国において被上告会社から受けていた実収入額と同額の収入を、その後は来日前にパキスタン回教共和国(パキスタン・イスラム共和国)で得ていた収入程度の収入を得ることができたものと認めるのが相当であるとしたが、上告人の我が国における就労可能期間を右の期間を超えるものとは認めなかった原審の認定判断は、右に説示したところからして不合理ということはできず、原判決に所論の違法があるとはいえない。また、出国先ないし将来の生活の本拠、労働能力喪失率等所論の点に関する原審の認定判断も、原判決挙示の証拠関係に照らして是認するに足り、その過程に所論の違法はない。