全 情 報

ID番号 06928
事件名 保険金引渡請求事件
いわゆる事件名 文化シャッター事件
争点
事案概要  会社が取得した団体生命保険の保険金につき、それを弔慰金に充当することが就業規則に定められていないとして、遺族からの支払請求を却けた事例。
 本件団体定期保険契約には被保険者である労働者の同意が得られていないとして、右契約を無効とした事例。
参照法条 労働基準法89条1項
商法674条1項
体系項目 労働契約(民事) / 労働契約上の権利義務 / 団体生命保険
裁判年月日 1997年3月24日
裁判所名 静岡地浜松支
裁判形式 判決
事件番号 平成4年 (ワ) 284 
裁判結果 棄却
出典 労働判例713号39頁/労経速報1627号12頁/金融商事1016号30頁
審級関係
評釈論文 阿部哲二・季刊労働法183号117~129頁1997年9月/宮島尚史・判例評論469〔判例時報1625〕209~213頁1998年3月1日/山田哲・法律時報70巻2号117~120頁1998年2月/山本哲生・ジュリスト1137号138~141頁1998年7月1日/山野嘉朗・ジュリスト1116号125~127頁1997年7月15日/水野幹男・労働法律旬報1412号40~44頁1997年7月25日/長淵満男・平成9年度重要判例解説〔ジュリスト臨時増刊1135〕226~228頁1998年6月/鈴木達次・法学研究
判決理由 〔労働契約-労働契約上の権利義務-団体生命保険〕
 三 労働契約に基づく請求(就業規則としての効力)について
 原告らは、被告と各生命保険会社との間には、本件団体定期保険契約締結にあたり、保険金を弔慰金制度によって支払う当該死亡者の弔慰金に充当する旨定めた協定書又は覚書が存在し、この協定書又は覚書は被告の全従業員の労働条件を定めたものとして就業規則としての効力を有する旨主張する。
 成立に争いのない(証拠略)によれば、〔中略〕被告と右各生命保険会社との間においては、保険金の全部又は一部を被告の弔慰金規程によって支払う金額に充当する旨の合意があることが認められることになる。
 しかしながら、右の合意がそれ自体としては被告と各生命保険会社との間の合意にすぎないことはいうまでもないところ、(人証略)によれば、被告の従業員であった同証人は本件のような団体定期保険契約の存在を全く知らなかったことが認められるだけでなく、右の合意について、労働者の意見が聴取されたとか、行政庁への届出がなされたとか、あるいは、事業場への掲示等によって労働者に対する周知が図られたとかいうような手続のいずれかが履践されたことを認めるに足りる証拠もないから、右の合意をもって、単なる被告と各生命保険会社との間の合意を超え、被告とその従業員との間の就業規則となっているとまで認めることは到底できないというべきであるし、他に、原告ら主張の協定書又は覚書の記載内容が被告における就業規則の内容となっていることを窺わせるに足りる事実関係を認めることもできない。
 したがって、原告らの右主張は採用できない。
 四 労働契約に基づく請求(黙示の弔慰金規程の存在)について
 原告らは、被告が本件団体定期保険契約を締結することによって既存の弔慰金支給規程とは別に保険金相当額を弔慰金として支払う旨の黙示の弔慰金規程を設定したと主張する。
 被告が各生命保険会社との間で締結した本件団体定期保険契約において、その契約の趣旨として表示されている内容は右三に判示したとおりであるが、これをもって直ちに原告ら主張の黙示の設定を推認することはできないし、他に、これを推認させるべき事実関係を認めるに足りる証拠もない。
 よって、原告らの右主張は採用できない。
 五 不当利得に基づく請求(受取人指定についての同意の不存在)について
 原告Xは、本件団体定期保険契約における保険金受取人の指定について被保険者であるAの同意はなかったのであるから受取人は指定されていなかったことになり、その結果団体定期保険普通保険約款の規定により原告Xがその受取人となる旨主張するので、以下検討する。
 1 被告は、原告らは当初本件団体定期保険契約の締結についてAの同意があったと主張していたにもかかわらず、その後、この主張を撤回し、Aの同意はなかったと変更したことは自白の撤回にあたり、許されない旨主張する。
 しかしながら、弁論の全趣旨によれば、原告らは、Aが死亡したため、本件団体定期保険契約についてはその存在すら知り得ず、そのため、当初、被告がAの同意を得て本件団体定期保険契約を締結したものと想定して主張してきたところ、その後、(人証略)により、被告がAの同意を得ずに本件団体定期保険契約を締結した事実が判明したため、右のように主張を変更したことが認められるのであって、仮にこれが自白の撤回にあたるとしても、自白が真実に反し、かつ錯誤に基づいてなされた場合と認められるから、許容されるというべきである。
 2 本件団体定期保険契約の性質について
 〔中略〕本件団体定期保険契約は、被告と各生命保険会社との間において、被保険者を被告の従業員全員とし、保険料負担者及び保険金受取人をともに被告として締結された団体生命保険契約であることが認められるから、商法六七四条一項本文にいう他人の死亡を保険事故として保険金が支払われる保険契約とみることができる。
 3 本件団体定期保険契約の有効性について
 右2で認定したように、本件団体定期保険契約が商法六七四条一項本文の適用を受ける保険契約である以上、保険契約締結にあたっては被保険者の同意を得る必要がある。ところが、本件団体定期保険契約があらかじめ被保険者であるAを含めた個々の従業員の個別的な同意を得ずに締結されたものであることは当事者間に争いがない。この点について、被告は、たしかにAを含めた従業員の一人一人について個別的同意は得ていないが、各支社の統括部長に対し、本件団体定期保険契約締結時の前後を通して口頭で本件団体定期保険契約の被保険者になっていることを通知しているのであって(被告は、これを「団体的同意」と呼ぶ)、この団体的同意をもって商法六七四条一項本文の要求する被保険者の同意としては充分であり、本件団体定期保険契約は有効である旨主張するので、以下、本件団体定期保険契約の有効性について検討する。
 商法六七四条一項本文が他人の死亡を保険事故とする保険契約の締結について、その他人である被保険者の同意を得ることを契約の効力発生要件とした趣旨は、この種の保険は一般に被保険者の生命に対する犯罪の発生を誘発する危険性があること、保険契約者ないし保険金受取人が不労の利得を取得する目的のために利用する危険性があること、一般・社会的倫理として同意を得ずに他人の死亡をいわゆる射倖契約上の条件とすることは他人の人格を無視し、公序良俗に反するおそれがあることなどからこれらを防止するためであるということができる。たとえ団体定期保険契約の場合であっても、当該「他人」である従業員各人がその保険契約の存在を知らされていないとするならば、右規定がその他人の同意を必要とした趣旨を損ない、公序良俗に反する結果になることはその他の場合と少しも異なるところはないので、同意は被保険者個々人の個別的具体的なものでなければならないというべきである。被告の主張する団体的同意では、各支社の統括部長からそれ以下の個々の従業員に保険契約を締結することを周知し、これに応ずることを確認することまでが予定されていないので、そのようなものは到底商法六七四条一項本文が要求している被保険者の同意とみることはできない。
 被告は、被告のような多数の従業員を抱える大企業にとって、個々の従業員の同意を得ることは事実上不可能である旨主張するが、適切な手段・方法を講じさえすれば、被告のような大企業であっても商法六七四条一項本文の趣旨を充足するに足りる措置をとることは充分に可能であると考えられるところであるし、仮に、何らかの事情でそれができないのであれば、そもそも本件におけるような団体定期保険契約を結ばなければよいだけのことである。
 したがって、本件団体定期保険契約は、商法六七四条一項本文の要求する被保険者の同意を得ていないものとして、無効であるというべきである。
 4 前記3のとおり、本件団体定期保険契約は、商法六七四条一項本文の要求する被保険者の同意を得て締結されたものではないため、保険契約全体が無効になるのであり、保険金受取人の指定のみが無効になることにはならない。