全 情 報

ID番号 06958
事件名 給料等請求事件
いわゆる事件名 ジャレコ事件
争点
事案概要  電子応用機器製造・販売等を業とする会社からの退職に関連して、退職の時期、退職金の支払の時期、引継ぎ業務を行わなかったこと等を理由としてなされた懲戒解雇の効力等が争われた事例。
参照法条 民法627条1項
労働基準法89条1項9号
民法709条
雇用保険法7条
雇用保険法83条
体系項目 退職 / 任意退職
懲戒・懲戒解雇 / 懲戒事由 / 信用失墜
労働契約(民事) / 労働契約上の権利義務 / 使用者に対する労災以外の損害賠償
賃金(民事) / 退職金 / 退職金の支給時期
裁判年月日 1997年6月20日
裁判所名 東京地
裁判形式 判決
事件番号 平成7年 (ワ) 20504 
裁判結果 一部棄却(控訴)
出典 労働判例720号24頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔退職-任意退職〕
 原告が被告の退職を希望した理由が、専ら経済的困窮によるもので、転職する以外には方法がなかったこと、原告が退職を考えるようになってから本件意思表示を行うまでに約一年間あることからして、原告は十分考え尽くした上で、本件意思表示を行ったと認められる他、原告は、退職時期及び退職の意思表示を行う時期を、就業規則の規定、賃金計算上の便宜及び転職先会社における就労の開始時期等の諸事情を踏まえ、念入りに考慮して決定しており、また、本件意思表示を行った時点においては、既に転職先会社との間において就労開始の日程を取り決めていたため、原告にとって退職時期やその意思表示を行う時期を延期することは容易なことではなく、原告は、意図した退職日に確実に退職しようとの確固たる意思をもって本件意思表示を行ったと考えられることからすれば、本件意思表示は、単に、原告が、被告に対し、合意による雇用契約解約の申込みを行ったものではなく、原告の被告に対する平成七年一月一八日付け辞職を内容とした雇用契約の解約告知であったと認めるのが相当である。
 そうすると、原・被告間の雇用契約は、本件意思表示により、平成七年一月一八日付けをもって終了したことが認められる。〔中略〕
 原告は、本件意思表示の後、度々A社長やB専務から遺留されていたが、平成七年一月一八日、A社長から強い遺(ママ)留を受け、高圧的な口調で、「平成七年四月中ころまでどうしても居て欲しい。新しく就職が決まった会社にその旨を話して来い。」などと言われた際、断りきれなくなり、転職先会社における就職時期を四月ころにすることについて、転職先の会社の了解を得られるかどうかを同社と折衝することをA社長と合意したことが認められる。しかしながら、右の認定を超え、原・被告間における退職時期延期合意の成立の事実までをも認めるに足りる証拠はない。
〔懲戒・懲戒解雇-懲戒事由-信用失墜〕
 本件意思表示が、辞職の意思表示であったと認められることは、前記認定のとおりであり、(証拠・人証略)及び原告本人尋問の結果によれば、原告は、平成六年一二月二〇日、平成七年一月五日、同月一〇日にも、A社長やB専務に対し、同月一八日付けで退職するとの意思を表明していることが認められる。もっとも、右の各証拠によれば、原告がB専務及びA社長から強く遺(ママ)留された際、反論する態度を示さなかったことがあったことが認められるが、原告は右のとおり、しばしば平成七年一月一八日付けで退職するとの一貫した意思表明を行っており、その意思を覆すような言動をしたことを窺わせるような証拠もないのであるから、社長や上司からの強い説得に反論する態度を示さなかったことがあっても、このことにより、原告の態度が曖昧であったとは評価できない。また、原告が経理関係の引継業務を殆ど行わなかったことを認めるに足りる証拠もなく、就業規則三五条七号該当性は認められない。
〔賃金-退職金-退職金の支給時期〕
 退職金規程九条は、退職金の支払時期につき、原則として退職の事務手続を完了した日から三週間以内に支給すると定めており、これを文字どおりに解釈すると、被告が退職の事務手続を行わなければ、いつまでも退職金支払義務は遅滞とならないこととなり、相当ではない。思うに、右規定が設けられた主な趣旨は、被告において、退職する従業員の退職金不支給事由の有無を検討し、不支給事由が存しない場合には、その退職金額を算定すると共にその退職金を用意するのに必要な期間を設けることにあると理解されるので、このような制度趣旨からすれば、被告が、かような退職の事務手続を完了するために通常必要と認められる期間を経過した場合も、同条に準じて考えるのが相当であり、右事務手続完了に通常必要と認められる期間の末日から三週間を経過すれば、被告の退職金支払義務は遅滞となると解するのが相当である。
 そこで本件を検討するに、就業規則一三条は、社員が退職しようとするときは、原則として少なくとも一か月前までに被告に届け出るべきことを定めており、右の「一か月」という期間は、単に、後任者の用意のためだけの期間として設けられたものではなく、退職しようとする従業員についての退職の事務手続遂行のための期間としての趣旨をも含んでいると理解できること、被告は、本件意思表示を受けた後、原告の退職の事務手続を行うことが可能であり、右事務手続を妨げるような客観的事情は証拠上窺えないこと(もっとも本件においては、A社長及びB専務が、原告退職に至るまで、原告に対し、退職の意思を撤回し、あるいは退職日を延期することを望み、遺(ママ)留に努めていたことが認められるが、これは原告の退職の事務手続を妨げる客観的事情とは認められない。)並びに、原告の本件意思表示の時期及び退職日を考慮すれば、雇用契約が終了した翌日である平成七年一月一九日には、退職のための事務手続を完了するために通常必要と認められる期間の末日が到来したと解するのが相当である。そうすると、それから三週間後の同年二月九日が退職金支払期限末日となり、被告の退職金支払義務は、その翌日の同月一〇日から遅滞を生ずることとなる。
〔労働契約-労働契約上の権利義務-使用者に対する労災以外の損害賠償〕
 原告は、被告が原告の雇用保険資格喪失手続を行わないことにより、転職先を退職した場合における失業保険の受給につき、無資格状態が続くのではないか、また、転職先会社の従業員から、雇用保険資格喪失手続を受けられないような退職の仕方をした人間と思われるのではないか等と考え、心理的負担を感じたことが認められる。しかしながら、右の心理的負担の内容を考慮し、また雇用保険法八条及び九条に事業主が被保険者資格の喪失の届出を行っている場合における手続規定が存することに照らして考えるならば、原告の右の心理的負担が、被告に対し慰謝料の支払いを肯定しなければならないほどの精神的苦痛であったと認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。
 そうすると、この点についての原告の請求は、理由がない。