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ID番号 06970
事件名 損害賠償請求事件
いわゆる事件名 国立療養所事件
争点
事案概要  国立療養所の洗濯場に勤務する女性が職場の上司による身体接触型のセクシュアルハラストを受けたことを理由とする損害賠償請求につき、右行為は不法行為に当たるとして行為者である上司及び使用者責任に基づき国に対して、各自一二〇万円の支払を命じた事例。
参照法条 民法709条
民法715条
体系項目 労基法の基本原則(民事) / 均等待遇 / セクシャル・ハラスメント、アカデミック・ハラスメント
裁判年月日 1997年7月29日
裁判所名 神戸地
裁判形式 判決
事件番号 平成7年 (ワ) 107 
裁判結果 一部認容(控訴)
出典 タイムズ967号179頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔労基法の基本原則-均等待遇-セクシャル・ハラスメント〕
 四 被告Yの不法行為責任の成否(争点1(三))について
 前記で認定した事実によれば、被告Yは、原告の意思を無視して性的嫌がらせ行為を繰り返し、原告が性的嫌がらせ行為に対して明確な拒否行動をとったところ、職場の統括者である地位を利用して原告の職場環境を悪化させたものである。被告Yの右一連の行為は、異性の部下を性的行為の対象として扱い、職場での上下関係を利用して自分の意にそわせようとする点で原告の人格権(性的決定の自由)を著しく侵害する行為である。
 そして被告Yの右各行為は、原告にとって精神的苦痛を与えたものであり、被告Yとしては、右各行為により、原告に精神的苦痛を与えるものであることを予見できたといえる。
 したがって、被告Yは、原告に対し、右性的嫌がらせ行為及び職場でのいじめ行為について、不法行為責任を負うものというべきである。
 五 被告国の使用者責任の成否(争点2)について
 1 被告Yの違法行為は「事業の執行につき」されたものといえるか(争点2(一))。
 前記一、二で認定のとおり、被告Yの原告に対する性的嫌がらせ行為及び職場におけるいじめは、勤務場所において、勤務時間内に、職場の上司であるという立場から、その職務行為を契機としてされたものであるから、右一連の行為は、外形上、被告国の事業の執行につき行われたものと認められる。
 2 被告国は相当な注意をしたといえるか(争点2(二))
 (一) 被告Yの原告に対する性的嫌がらせ行為について、被告国が被告Yの選任・監督について相当の注意をしたという事実及び相当な注意をしても損害が発生することが避けられなかったという事実は、本件全証拠によっても認められない。
 被告国は、従前から洗濯場において早出の場合には、男性職員と女性職員をペアにする必要があったが、女性職員から性的嫌がらせに関係した被害事実の申告等はなく、訴外病院としてこのような事態の発生を予見することは不可能であった旨主張する。確かに、性的嫌がらせ行為については、その行為の性質上密室的な場所で行われることが多く、被害者も羞恥心等から被害の申告をためらうことが少なくないなどの事情があるといえ、管理者にとってはその発生の把握及び適切な対処について困難があることは否定できない。しかしながら、前記のとおり、訴外病院の洗濯場においては他の職場に比して男性定員内職員である洗たく長の地位の優越性が認められること、早出における乾燥室での作業等男女職員が接近し共同して作業する状況があり、職員が性的嫌がらせ行為をする機会が少なくないと考えられること、被告Yは従前から勤務時間中に職場の女性の体型等について不適切な言動に出ることがあり、それが職場の女性間では相当程度認識されていたこと(証人A、同B)などの事情に照らすと、訴外病院として、被告Yの性的嫌がらせ行為を予見することが不可能であったとまではいえない。
 (二) 被告Yの原告に対する職場でのいじめについても、被告国が被告Yの選任・監督について相当の注意をしたという事実及び相当な注意をしても損害が発生することが避けられなかったという事実は、本件全証拠によっても認めるに足りない。
 すなわち、前記二のとおり、訴外病院は、平成六年三月二日に原告から被害申告を受けた後、四月一一日には、被告Yに対し口頭で厳重注意を行い、同月一三日には、C事務長補佐において、同被告と面接し、反省を促し、更に六月七日には、D事務長から勤務割表の公平化等の基本的提案があり、以後毎月業務連絡会を設けることとしたなど、被告Yの職務上の言動に対する職員の不満に基づく問題点を改善するため、一定の措置を講じてきている。しかしながら、被告Yが原告に対する性的嫌がらせ行為の存在を強く否定し、かつ、職員へのいじめの点についても弁明するなどしており、原告の訴えのみに基づいて懲戒処分等の強力な措置をとることが困難であったという事情は認められるとはいえ、原告ないし原告の夫が再三にわたり、性的嫌がらせ及びこれに引き続く原告個人に対するいじめの存在を訴えこれに対する処置を求めていたのに対し、性的嫌がらせについては事実の確定が困難であるとして特別の措置をとらず、いじめの問題についても原告個人に向けられた不利益として直接対処せず、むしろ、洗濯場の業務全体の改善の問題として捉えた結果、前記二認定のとおり、被告Yの原告に対する態度には顕著な変化が見られず、原告をとりまく職場環境は平成六年一一月までの間特段の改善がなかったといわざるを得ない。そうすると、訴外病院が行った対応策によって、被告Yの原告に対する職場でのいじめ行為について、被告国が被告Yの選任・監督について相当の注意をしたとまでは認められない。
 3 以上のとおりであるから、被告国は、被告Yの不法行為について、使用者責任を免れない。