全 情 報

ID番号 06985
事件名 地位保全等仮処分申立事件
いわゆる事件名 インフォミックス事件
争点
事案概要  大手コンピューター会社に勤務する労働者が別会社からスカウトされ、採用内定を得た後で、当該会社の経営悪化を理由として内定を取り消され、それを違法として地位保全等の仮処分を申請した事例。
参照法条 労働基準法2章
体系項目 労働契約(民事) / 採用内定 / 取消し
裁判年月日 1997年10月31日
裁判所名 東京地
裁判形式 決定
事件番号 平成9年 (ヨ) 21114 
裁判結果 一部認容,一部却下(異議申立)
出典 時報1629号145頁
審級関係
評釈論文 小宮文人・法律時報70巻9号96~99頁1998年8月/李〓・ジュリスト1142号112~115頁1998年10月1日
判決理由 〔労働契約-採用内定-取消し〕
 始期付解約留保権付労働契約における留保解約権の行使(採用内定取消)は、解約権留保の趣旨、目的に照らして客観的に合理的と認められ、社会通念上相当として是認することができるものに限られると解するのが相当である(最高裁昭和五四年七月二〇日第二小法廷判決・民集三三巻五号五八二頁参照。)。そして、採用内定者は、現実には就労していないものの、当該労働契約に拘束され、他に就職することができない地位に置かれているのであるから、企業が経営の悪化等を理由に留保解約権の行使(採用内定取消)をする場合には、いわゆる整理解雇の有効性の判断に関する〔1〕人員削減の必要性、〔2〕人員削減の手段として整理解雇することの必要性、〔3〕被解雇者選定の合理性、〔4〕手続の妥当性という四要素を総合考慮のうえ、解約留保権の趣旨、目的に照らして客観的に合理的と認められ、社会通念上相当と是認することができるかどうかを判断すべきである。〔中略〕
 確かに、本件採用内定を始期付解約留保権付労働契約と解する以上、債権者の就労開始前であっても、債務者は、人事権に基づき債権者の職種を変更する権限を有するものである。しかし、前記事実経過によれば、債務者が債権者に対し、入社をするのであれば給与はそのままでマネージャーではなくSEとして働いてもらう旨述べたのは、債務者が経営状態の悪化を理由にいわゆるリストラをせざるを得なくなり、これに伴い、採用条件提示書にも記載されていた債権者の配属予定部署が廃止され、マネージャーとして採用することができなくなった状況下で、〔1〕基本給の三か月分の補償による入社辞退、〔2〕再就職を図るため試用期間(三か月)債務者に在籍し、期間満了後に退職、〔3〕マネージャーではなくSEとして働くという三つの条件を提示して事態の円満解決を図ろうとしたものと推認されるのである。そうだとすれば、債務者の債権者に対する右発言は、事態の円満解決のための条件の一つを単に提示したにすぎず、債務者が債権者の職種を確定的に変更する意思でもって右発言をしたとみることはできない。したがって、債務者の主張は、職務変更命令の存在という前提を欠くから、職務変更命令違反等を理由とする本件内定取消は無効というほかない。〔中略〕
 確かに、債務者がマネージャーからSEに職種変更命令を発したことで債権者の給与が下がるわけではないから、経済的な不利益は生じないし、また、債権者と債務者との間で職種をマネージャーに限定する旨の合意があったとは認められないから、債務者が職種変更命令を発したことは、それ自体経営上やむを得ない選択であったということができる。しかしながら、前記採用内定に至る経緯や債権者が抱いていた期待、入社の辞退勧告などがなされた時期が入社日のわずか二週間前であって、しかも債権者は既にA会社に対して退職届を提出して、もはや後戻りできない状況にあったこと、債権者が同月二四日、Bに対し、内容証明郵便を出すなどの言動を行ったのは、本件採用内定の取消を含めた自らの法的地位を守るためのものであると推認することができるから、債務者の職種変更命令に対する債権者の一連の言動、申し入れを捉えて本件内定取消をすることは、債権者に著しく過酷な結果を強いるものであり、解約留保権の趣旨、目的に照らしても、客観的に合理的なものとはいえず、社会通念上相当と是認することはできないというべきである。〔中略〕
〔労働契約-採用内定-取消し〕
 右(1)ないし(4)で検討してきたところを総合考慮すれば、債務者は、経営悪化による人員削減の必要性が高く、そのために従業員に対して希望退職等を募る一方、債権者を含む採用内定者に対しては入社の辞退勧告とそれに伴う相応の補償を申し入れ、債権者には入社を前提に職種変更の打診をしたなど、債権者に対して本件採用内定の取消回避のために相当の努力を尽くしていることが認められ、その意味において、本件内定取消は客観的に合理的な理由があるということができる。しかしながら、債務者がとった本件内定取消前後の対応には誠実性に欠けるところがあり、債権者の本件採用内定に至る経緯や本件内定取消によって債権者が著しい不利益を被っていることを考慮すれば、本件内定取消は社会通念に照らし相当と是認することはできないというべきである。