全 情 報

ID番号 07017
事件名 懲戒処分取消請求控訴事件
いわゆる事件名 愛知県教育委員会事件
争点
事案概要  公立中学校の教師が放射線暴露の危険性を理由にエックス線検査を拒否して、地方公務員法違反で減給の懲戒処分を受けたのに対して、右処分を違法として懲戒処分の取消しを求めていたケースの控訴審の事例(原審は請求を認めていたが、控訴審では原判決を取り消し、原告の請求を棄却)。
参照法条 地方公務員法29条1項1号
地方公務員法29条1項2号
体系項目 懲戒・懲戒解雇 / 懲戒事由 / 業務命令拒否・違反
裁判年月日 1997年7月25日
裁判所名 名古屋高
裁判形式 判決
事件番号 平成8年 (行コ) 15 
裁判結果 原判決取消(上告)
出典 タイムズ961号179頁/労働判例729号80頁
審級関係
評釈論文 原田啓一郎・法政研究〔九州大学〕65巻1号271~283頁1998年7月/中村和雄・民商法雑誌120巻2号165~173頁1999年5月/渡辺賢・労働法律旬報1443号22~29頁1998年11月10日
判決理由 〔懲戒・懲戒解雇-懲戒事由-業務命令拒否・違反〕
 右にみた学保法、労安法及び結核予防法の相互の関連性につき検討するに、右結核予防法四条四項は、「第一項の健康診断の対象者に対して労働安全衛生法、学校保険法その他の法律又はこれらに基づく命令若しくは規則の規定によって健康診断が行われた場合において、その健康診断が第一二条の規定に基づく省令で定める技術的基準に適合するものであるときは、当該対象者に対してそれぞれ事業者又は学校若しくは施設の長が、第一項の規定による健康診断を行ったものとみなす。」と規定しているのであって、右によれば、結核の予防について定めた一般法である結核予防法は、「結核の予防・・・を図ることによって、結核が個人的にも社会的にも害を及ぼすことを防止し、もって公共の福祉を増進することを目的と」して(同法一条)、前記事業者には、事業に従事する者に対し、定期健康診断を行う義務(同法四条一項)を、右健康診断の対象者には受診の義務(同法七条一項)をそれぞれ課したのであり、そして、右の場合において、労安法又は学保法において健康診断が行われ、それが結核予防法の技術的基準に適合するときは、右同法の健康診断を行ったものとみなすことにした(同法四条四項)ものであることが明らかである。それゆえ、前記のとおり、学保法自体には、学校設置者が実施する定期健康診断を教職員が受診すべき旨を定めた規定はないけれども、結核予防法七条一項に、右にみたとおり受診義務の定めがあるのであるから、結核予防法四条一項の健康診断の対象者である教職員は同法七条一項の受診義務を、更に労働者たる教職員は労安法六六条五項により健康診断受診義務を負うことは明らかである。そして、結核予防法は、前記のとおり、広く結核の予防を図ることにより、結核が個人的にも社会的にも害を及ぼすことを防止して公共の福祉を増進することを(同法一条)、そして、学保法は「児童、生徒、学生及び幼児並びに職員の健康の保持増進を図り、もって学校教育の円滑な実施とその成果の確保に資することを」(同法一条)、更に労安法は「職場における労働者の安全と健康を確保するとともに、快適な職場環境の形成を促進することを」(同法一条)それぞれ目的として制定されていることから考えると、右各法は、それぞれに定める健康診断を実施することにより、受診者個人の健康を増進させることはもとよりであるが、それにとどまらず職場環境、教育環境における各人の健康の保持増進を図り、快適な環境を形成しようとしていると解される。したがって、右各条の受診義務の規定をもって、単に労働者(業務従事者)に対して、その健康診断による利益を享受する立場からこれに協力すべき責務を課するという観点から、これを受診すべき義務を定めたものとし、それ以上に、労働者(業務従事者)の職務上の義務としての右の受診義務を定めたものと解されないとするのは狭きに失するというべきである。労安法六六条五項但書は、受診者が他の医師による健康診断結果を証明する書面を提出しさえすれば、受診義務は免除されることとされているが、そのことは、受診義務を否定する根拠たりえないし、結核予防法及び労安法にはそのような定めは存在しない。そして、右労安法、結核予防法及び学保法に右健康診断受診義務違反についても罰則の定めがないが、そのことは、右結核予防法及び労安法上明記されている受診義務を否定する根拠になりえないというべきである。したがって、これら学保法、労安法及び結核予防法の規定に違反した場合に、地公法二九条一項一号に違反すると解することは相当であり、被控訴人が本件エックス線検査を受検しなかった事実は、地公法二九条一項一号に該当することは明らかであるというべきである。〔中略〕
 胸部エックス線検査の有用性の範囲については医学的に見直しの意見が唱えられ、また、これを実施する結果必然的に生じる放射線暴露による人体への影響は最小限にとどめられるべきであるとし、世界的にも胸部エックス線検査による集団検診について見直しの機運があり、そのような動向を受けて、わが国でもこれを縮小して実施する傾向が生まれている状況にあることが認められるが、他方前記胸部エックス線検査を否定する見解等においても、いわゆるデインジャーグループについては、胸部エックス線検査を不要としているものではないうえ、定期健康診断において胸部エックス線検査を実施することについては、肺結核罹患の早期発見の見地からその医学的有用性が依然と存在するところ、エックス線暴露による人体への影響は零ではないとしても、ほとんど考慮するまでもないとされていることが認められる。〔中略〕
 (三)被控訴人は自分が結核になると周囲の多くの人に結核を感染させる虞のある職業ないしは環境にある人々いわゆるデインジャーグループの教員という立場にあって結核未感染者であり感染可能性の高い生徒に接する生活環境にあること、(四)平成六年における新登録結核患者の喀痰検査における結核菌陽性率は四二・一パーセントで、その信頼性はそれほど高くなく、胸部エックス線診断に代替できるものではないこと等の事実が認められ、これらを併せ考えれば、集団感染を防止するために、結核感染の有無についてのエックス線検査は不必要とは認められず、本件において、被控訴人は本件エックス線検査を受検するよう命じたA校長の職務命令に従うべき職務上の義務があったというべきである。したがって、被控訴人がA校長の本件職務命令を拒否した事実は、地公法二九条一項一号及び二号に該当すると認められる。