全 情 報

ID番号 07068
事件名 地位保全等仮処分命令申立事件
いわゆる事件名 ナショナル・ウェストミンスター銀行事件
争点
事案概要  債務者銀行のグローバル・トレード・バンキング・サービス(GTBS)のアジア・パシフィック部門で貿易金融業務に従事してきた債権者が、右銀行の経営方針の転換により右部門が廃止された結果、担当業務が消滅し余剰人員となったとして解雇され、その効力を争って地位保全等の仮処分を申し立てた事例(認容、一部却下)。
参照法条 労働基準法2章
労働基準法89条1項3号
労働基準法3章
体系項目 解雇(民事) / 解雇事由 / 就業規則所定の解雇事由の意義
解雇(民事) / 整理解雇 / 整理解雇の要件
解雇(民事) / 整理解雇 / 整理解雇の必要性
解雇(民事) / 整理解雇 / 整理解雇の回避努力義務
解雇(民事) / 整理解雇 / 整理解雇基準・被解雇者選定の合理性
解雇(民事) / 整理解雇 / 協議説得義務
裁判年月日 1998年1月7日
裁判所名 東京地
裁判形式 決定
事件番号 平成9年 (ヨ) 21200 
裁判結果 認容,一部却下
出典 労働判例736号78頁/労経速報1668号3頁
審級関係
評釈論文 中村和夫・静岡大学法政研究3巻2号121~133頁1998年12月/野川忍・ジュリスト1161号200~203頁1999年8月1日
判決理由 〔解雇-解雇事由-就業規則所定の解雇事由の意義〕
 就業規則二九条が普通解雇の場合と懲戒解雇の場合とを混在させていることや、就業規則三〇条が、三項四号において解雇の場合について規定していて、やはり解雇以外の理由による退職の場合と、解雇による退職の場合とを混在させていることからすれば、就業規則が二八条において懲戒解雇を含む懲戒事由を、二九条において懲戒解雇以外の普通解雇事由を、そして三〇条において解雇以外の理由による退職の場合を定めていると理解することは困難である。さらに、これらの点に加え、給与規則一四条三項が、就業規則二九条による解雇の場合を一括して退職金支給対象から除外していることに着目すれば、右二九条は懲戒解雇と普通解雇とを特に区別せず、解雇による退職で退職金が支給されない場合のみを規定する趣旨で設けられたものに過ぎず、普通解雇事由を限定する趣旨までをも含むものではないと理解することも可能と思われる。
 以上からすれば、就業規則二九条が普通解雇事由を限定列挙した規定であるとは直ちに理解できず、他にこれを疎明する資料もない。
 3 そうすると、就業規則二九条に基づかない普通解雇も可能であると解される。〔中略〕
〔解雇-整理解雇-整理解雇の要件〕
 (一) 本件は、経営方針転換による特定部所廃止の結果、担当業務が消滅したため、余剰人員となった債権者を債務者が解雇した事案であり、いわゆる整理解雇の一類型に属するものと解される。そして、この場合における権利濫用性の有無については、判例上確立されている要件、すなわち、人員消滅の必要性、被解雇者選定の妥当性、人員削減の手段として整理解雇を選択することの必要性、手続の妥当性、の各要件を検討することにより判断するのが相当と考えられる(〔中略〕債務者は、英国法に準拠して設立されてはいるものの、大企業で、日本に東京支店を設置して営業活動を行っているものであるし、(証拠略)及び審尋の全趣旨によれば、債権者は中途採用者ではあるが、職種や役職を限定する約定もなく、一般事務職として債務者に入社し、社内トレーニングにより時間をかけて育成されてきたことが認められ、またその勤続年数は一四年という長期に及んでいるのであるから、債務者が右のとおり主張する整理解雇に関する判例法理適用のための基礎は、本件では基本的に存在するというべきであり、他に右適用が相当ではないことを認めるに足りる事情も存しないので、右判例法理を用いて判断することに支障はないと考える。)。
〔解雇-整理解雇-整理解雇の必要性〕
 (二) そこで、右各要件について検討する。〔1〕まず、本件解雇予告は、債務者が経営方針の転換からトレード・ファイナンスを閉鎖した結果、同所に所属していた債権者が余剰人員となったために行われたものであり、債務者は、本件解雇予告当時、経営悪化に伴う人員削減が不可避な状況にあったものではない。
〔解雇-整理解雇-整理解雇基準〕
 〔2〕次に、債権者が解雇対象者とされたのは、同人が閉鎖される部所に所属していたためであるが、被解雇者についての選定基準も設定されず、多分に偶然性に左右され、しかも公平さを欠くかような被解雇者の選定方法が妥当であるとはいい難い。〔中略〕
〔解雇-整理解雇-整理解雇の回避努力義務〕
 〔3〕また、人員削減の手段として整理解雇を選択することの必要性が存したといえるためには、その前提として、使用者が解雇回避の努力を尽くしたことが必要であり、右の努力を尽くしたか否かは具体的事案に応じて判断していくべきであるところ、本件では、経理課における一般事務職を代替職務として債権者に提供する方法で債務者による解雇回避措置がとられていたから、債務者が債権者の右職務の就任実現に向けて、真摯かつ合理的な努力を行ったか否かを中心に検討する。前記認定の事実関係によれば、債権者及び組合は、債権者の雇用継続を強く希望し、雇用問題を解決したいとの姿勢を強く打ち出していたのであるから、本件においては、債務者が、債権者及び組合に対し、債務者が現在の国際金融市場における厳しい競争状況の中に立たされていること及び企業において従業員の職務及び職責に応じた賃金水準を保つことの必要性等につき、債権者等の理解及び納得を得られるよう真剣な説明努力を行い、その上で債務者として可能な限りでの賃金額の譲歩を行うとともにその具体的提案を行う等の努力をしていたのであれば、それほどの期間を要せずして、賃金問題を解決し、債権者の経理課における一般事務職就任を実現させて本件解雇を回避できた可能性があったものと解される〔中略〕。しかしながら、債務者は、組合との団体交渉の実施に消極的である等債権者の右就任実現に向けての姿勢は総じて消極的であり〔中略〕、逆に本件解雇の実現についての債務者の態度は、組合との団体交渉継続中に本件解雇予告を行っていること、本件解雇予告を受けた後、債権者及び組合が、争う権利を留保しつつ債務者提案にかかる職務・賃金等の労働条件を変更した上での勤務を続けたい旨を表明したり、団体交渉を申入れることにより、本件解雇を阻止して雇用継続をはかろうとしていたのにこれらを受け入れず、平成九年九月一二日より後の交渉を一切拒絶して本件解雇の効力を発生させたこと等からして、積極的であると評価できる上〔中略〕、債務者は、当初示した応諾期限を堅持し、右のとおり同月一二日より後の交渉を一切拒絶することにより、その機会を喪失させているのである。以上からすれば、債務者が、債権者の代替職務の就労実現に向け、また債権者の解雇を回避するために、真摯かつ合理的な努力を尽くしたとは認められない。したがって、債務者において、人員削減の手段として整理解雇を選択することの必要性が存在したとは認められない。
〔解雇-整理解雇-協議説得義務〕
 〔4〕さらに、前記認定のとおりの交渉経緯に照らせば、債務者が、解雇の必要性やその時期及び方法等につき、債権者や組合との間において、誠意ある協議を行ったとは認められず、手続的妥当性にも欠けるものである。
〔解雇-整理解雇-整理解雇の要件〕
 (三) 以上からすれば、債務者の経営判断を尊重する立場から、債務者の企業経営上の人員削減の必要性を直ちに否定しないとしても、本件解雇は、被解雇者選定の妥当性、人員削減の手段として整理解雇を選択することの必要性及び手続の妥当性に欠けるため整理解雇の要件を充たしておらず、権利濫用であり、無効と認められる。
〔賃金-賃金請求権の発生-無効な解雇と賃金請求権〕
 3 債権者の賃金請求権等について
 右のとおり、本件解雇は無効で、債権者・債務者間の雇用契約は継続しているところ、債務者は、債権者に就労の意思及び能力が存するにもかかわらずその就労を拒絶しているものであるから、債権者には、債務者に対し、賃金等の支払いを求める権利がある。